本コラムでは、松下幸之助をはじめとする日本の名経営者・実業家の考え方やことばを紹介しながら、リーダーとして心得ておきたい経営の知恵を解説します。

 

<真の経営者とは> 私心を超えた判断

オランダ・フィリップス社と技術提携をした理由

 昭和二十七年に松下電器とオランダのフィリップス社との合弁で設立された松下電子工業は、創業後何年間か、苦しい状況が続いていた。そのころ開かれた新聞記者会見でのことである。ある記者から、「もうひとつ成果があがっていないようだが、提携は失敗か」という質問が出た。これに対する松下幸之助の答えは次のようなものであった。


 「いや、決してそうは思いません。私も何回も失敗ではないかと思って反省してみました。しかし必ず成功する。そう信じています。というのは、そもそも私がフィリップスと技術提携をしたのは、松下電器の発展のためでも松下幸之助という名前を世間に広めるためでもない。日本のエレクトロニクス工業を世界の水準に早くもっていきたいという一念からのことです。決して私心でしたのではありません。ですから私は、必ず成功すると思うし、必ず成功させねばならんのです」

 

“これこそが正しい”と信じる方向を見定める

 経営はいつも順風満帆にいくとはかぎらない。ときに大きな波風に襲われる。そのとき、経営者に求められるのは、何よりも沈着冷静に時宜を得た的確な決断を下すことであろう。舵を右に取るか左に取るか、進むか退くか、その決断のいかんによって、事業の消長、存亡が決まる。

 

 とくに今日のような変化の激しい経済環境のなかでは、時々刻々、決断に次ぐ決断を迫られる。しかもその結果のすべての責任をみずから負わなければならないのが経営者である。その重圧、悩みたるや、想像をはるかに超えるものであって、だから嵐に立ち向かう経営者の毎日は、神仏に祈るというか、何かにすがりたい思いの連続といったことにもなるであろう。

 

 そんなとき、みずからの心のよりどころを何に求めるか。それは人それぞれに異なるであろうが、まず肝心なのは“これこそが正しい”と自分なりに信じうる方向をしっかりと見定めることではないか。さきの松下の場合でも、熟慮の末に“この仕事は松下個人、松下一社のためにしているのではない。業界のため、日本のためにしているのだ”という信念を得た。それがみずからを支え励ます原動力になったということであろう。

 

 私利私欲を離れ、大所高所からこれが正しいのだという思いに立てたとき、人には“千万人といえども吾(われ)往(ゆ)かん”の信念と勇気が湧いてくる。“顧みてやましいところなし、仰いで天に愧(は)じず”という心境で進むべき旗印を掲げることができるならば、日々の指示にもおのずと力強さがこもり、社員の協力も集まってくる。そんな“錦の御旗”の確立が、大事、困難に臨む経営者には不可欠なのである。

 

◆『部下のやる気に火をつける! リーダーの心得ハンドブック』から一部抜粋、編集
 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)
 

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