松下幸之助は、実は「おもてなし」の達人でもありました。それはどんなエピソードから窺い知ることができるのか、またそこには幸之助のどんな思いがこめられていたのか、今回から1年間にわたってご紹介します。

 

 

 松下幸之助がお客様を迎えるときの準備は実に濃やかで、徹底したものでした。
 かつてPHP研究の本拠だった京都の真々庵(現・松下真々庵)にはよく来客がありました。幸之助は二時間前には着き、庭に出て、社員とともにお客様を案内するコースを歩きながら、「玉砂利や苔が程よく濡れているよう、タイミングを計って打ち水をしなさい」と指示したり、「ここでこういう説明をしよう」と、入念な打ち合わせを行ないました。
 続いて座敷を検分し、「灰皿がゆがんでいる」「その座布団は裏返しで、そっちは前後ろが逆や」と、いちいち指摘して並べ直させます。座布団に裏表や前後があることを初めて知った若い社員も少なくありませんでした。

 

すみずみまで気を配る

 お得意先を招いて宴席を設けるときも周到な下見を怠らず、玄関の様子、看板の出し方を確認。会場では席の配列や座布団を点検し、自分で座布団に座って、お膳との距離、舞台の見え方にまで気を配りました。

 また、来客が工場見学をされるときには、事前に製品の陳列場に立ち寄り、一つひとつ手にとって試していました。ときに点灯しないものなどがあると、「お客様にお見せするのに、どうなっているのか。すぐ取り換えなさい」と、担当者に命じたといいます。

 

挨拶ひとつするにもしっかりと

 このように幸之助は自分が納得するまで妥協せず、万全の準備を整えるのを常としました。お客様にご満足いただきたい、喜んでいただきたいという心の表れだったのでしょう。

 

 こんなエピソードも残っています。
 昭和五十二年、ナショナル住宅(当時)が第一回全国代理店会を開催するに際し、当時八十二歳の幸之助が挨拶を行なうことになっていました。当日の一週間ほど前、幸之助から「展示場を見に行きたい」と連絡が入ったため、責任者が新商品の展示場三棟を案内する運びとなりました。
 責任者は内心、“一棟目はきっちりご覧になり、あとは玄関を覗かれる程度だろう”と思っていました。
 ところが幸之助は、二棟目も真剣に見て回ります。予定時間を大きく超過していたので、幸之助の疲労を気づかった責任者は、三棟目を説明だけで終えようとしましたが、幸之助はこれも内部をすみずみまで見たというのです。「他にあれだけ熱心に見た人はいない」と、責任者はふり返っています。

 

 そして迎えた当日。幸之助の挨拶は新商品についても具体的に織り込まれ、出席者にとって非常にわかりやすく、かつ説得力に富んでいたのでした。

(つづく)

◆『PHP』2016年1月号より

 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)

 


 

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松下幸之助の生き方