松下電器の取引先に勤めていた人が、松下幸之助と初めて挨拶を交わしたときのことを次のようにふり返っています。当時、その人は平社員、幸之助はすでに“経営の神様”として盛名を馳せていたといいます。

 

 「お辞儀をしたとき、いつもよりは丁重な礼をしたつもりであったが、頭を上げかかると、深々とお辞儀をしておられる幸之助氏の後頭部が目の前に見える。あわてて頭を下げ直した。幸之助氏が頭を上げたら自分も上げようと息をこらしていたのだが、なかなか頭を上げられない。冷や汗が流れた。数十秒、あるいはもっと短い時間かもしれないが、無限に続くような忘れられない時間だった」

 

感謝の思いが通いあった三回のお辞儀

 幸之助は、来客が帰る際には必ずみずから玄関まで出て、丁寧にお見送りをしていました。車で帰られる場合は、お客様の車が見えなくなるまで深々と頭を下げるのが常でした。並んで見送りをする機会がしばしばあったある社員は、「若気の至りで、“忙しいから、早く中に入りたいな”と何度思ったことか。しかし、いつもそうしているので、いつの間にかこれが当たり前だと思うようになった」と述懐しています。

 昭和三十六年、幸之助が松下電器の社長を退いて会長に就任するにあたり、系列の販売店からその総会の壇上で、記念品を贈呈されたことがありました。幸之助は受け取った記念品を頭上高くささげたあと、深くお辞儀をしました。それを見て、会場に居合わせた社員は「お贈りになった皆さんも満足されたのではないかと思った」といいます。
 ところが、続けて幸之助は「本当に長いあいだありがとうございました」と述べてから、三回、お辞儀をしたのです。一回目は出席者も「おお、そうか」という表情でしたが、二回目にお辞儀をしたときは、「いやいや、こちらこそ」といった雰囲気が感じられました。さらに三回目になると、出席者はもう座っていることができず、みな感無量の面持ちで立ち上がって「いやあ、本当にお世話になりました」という姿になったのでした。

 

形だけでないからこそ

 幸之助は単なる形としてでなく、真に心をこめて頭を下げていました。だからこそ相手の胸に響き、感動を呼んだのでしょう。
 松下電器三代目社長・山下俊彦氏によると、幸之助の頭の下げ方には“一種独特のもの”があったそうです。「私も社長時代、横にいて一緒に頭を下げるのだが、とても真似ができない。決して仰々しい下げ方でないが、私がすると、浅いお辞儀か、とってつけたような屈伸運動でしかない。自然と心が現れるお辞儀は相談役(=幸之助)にしかできない」と、著書に記されています。

 幸之助はこう言っています。
 「お客様を迎えるときには目が輝いていないといけない。お辞儀も心からお辞儀をしなければならない」

(つづく)

◆『PHP』2016年4月号より

 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所専務取締役)

 


 

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