松下電器の創業五十周年にあたる昭和四十三年、得意先を招待して開催された謝恩パーティーでのこと。最初に松下幸之助が乾杯の音頭をとり、続いて来賓の挨拶、そのあと特別に招かれた有名な日本舞踊家が舞台で舞を披露しました。しかし、乾杯を終えているので、会場にいた人はみなお酒を飲んでいます。踊りを見ずに話を交わしている人もいました。パーティーが終わると、幸之助は責任者を呼んで言いました。

 

 「きょうのパーティーはあかん、落第や。きょうの一番のお客様は、松下の祝い事ということで、スケジュールの都合をつけ優先して来てくださった芸能の方だ。そういう方々に本当に申しわけなかった。次からは舞台をちゃんと拝見して、それから乾杯するように」

 

「きょうの接待は六十点」

 幸之助は、お客様を迎えた際には終始、その場のすみずみにまで注意を行きわたらせていました。そして、他の誰も気づかないような些細なことも見逃しませんでした。

 松下電器で接待を担当するチームのリーダーを務めていた女性社員の思い出です。

 三百人近い得意先を招き、工場見学後に昼食を出すことになりました。五分ですべて配し終えるよう上司に指示されたため、二、三週間前から何度も打ち合わせを行ない、三百人分の湯を沸かす段取りや作業の分担、おしぼり、弁当、吸いもの、お茶を出す順序からそのときに添える言葉まで、綿密な計画を立てました。当日は夜明け前に準備を開始し、いよいよ本番。汗だくになりながらもチームワークよく予定通り運んだので、内心、うまくいったと満足していたそうです。

 ところが、来客を見送り応接室で休んでいた幸之助にお茶をもっていくと、幸之助は「少ない人数でよくやってくれた」と労いつつ、「きょうの接待は六十点だね。あとの四十点は何かわかるか」と問うたのです。

 

靴の音にも気配りを

 とっさに言葉の出てこない女性社員に、幸之助が指摘したのは次の四つでした。

 一つ目はおしぼりの絞り方がゆるくて、お客様はそれを絞り直さなければ使えなかったこと。「会場の床が濡れているから見てくるように」というのです。二つ目は、吸いものがぬるかったこと。三つ目に女性社員たちの靴の音がカタカタとうるさく、お客様の会話の邪魔になったこと。さらに四つ目として、自分に食事が出されたとき、まだ最後列のお客様に出し終えていなかったこと。

 女性社員は、“あんなに一所懸命やったのに”という思いが一瞬よぎったといいます。けれどもすぐに、五分でやりとげることにとらわれ、おもてなしの基本である“お客様優先”をいつしか見失っていたことに気づいたと述べています。

 お客様にとって最善の気配りが細部にまでなされているか――。幸之助の心は常にその一点に注がれていたのでしょう。

(つづく)

◆『PHP』2016年5月号より

 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)

 


 

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