われわれは理想に走りすぎて現実の姿を忘れてはならないと思う。すなわち現実の問題として世界の諸国が軍備をもちながら活動を続けている今日、その諸国民に自分たちの安全と生存を任せようという考え方は、いささか安易というか、一方的といえはすまいか。

 現に今、実際のところは他国に頼るというかたちになっているように思われる。もしこのように、他国民の好意を期待してみずからの安泰を期そうというのであれば、決して理想の姿とはいえないであろう。

『松下幸之助発言集39』(「あたらしい日本・日本の繁栄譜24」・1966)

解説

 この松下幸之助の提言が発表されたのは昭和40年代初頭です。自衛はアメリカ頼みで、自国の経済成長ばかりに憂き身をやつしているかのような日本の姿に、諸外国が批難の目を向けはじめた時代でした。エコノミック・アニマルなどと揶揄されたのもこの頃です。

 日本経済の牽引に全力を尽くしてきた経営者として、当時の心境はいかほどのものだったでしょうか。しかし幸之助は、そうした海外からの厳しい声を真摯に受けとめ、されど鵜呑みにせず、「現実」を直視し、国家の自衛・治安についても思案します。

 保護色を保有する昆虫や動植物がいる。自衛本能をもつ魚介類もいる。つまり自衛とは本来、自然の理法にかなうものである。それならば、人間はみずからの知恵才覚を存分に発揮して、自然の理法にかなう自衛力を充実させ、社会の治安維持をはかっていくべきではないか。そして、そのような基本の考え方の上に立って、平和裡に世界諸国との共存共栄を求めていくのが「理想」の姿ではないか――。

 そうした思索を積み重ね、幸之助は今回の提言を発表したのです。同時に、一国民には、みずからの自主独立心を正しく養うことを、そして国家には、国力に相応じた自衛力を保持していくことを要望しています。

学び

理想に走りすぎず現実を忘れない。

そうして、理想の姿を求めていく。