すべてのことにおいて、いろいろの姿で刻々に「覚悟はよいか」と問われているのである。そのことをみずから察知して、自問自答するかしないかは、その人の心がけ一つであろう。

 ましてや昨今のわが国の社会情勢、経済情勢は、世界の動きとともに寸刻の油断もならない様相を呈しつつある。つねに「覚悟はよいか」と問われることを、おたがいに覚悟したいものである。

道をひらく』(1968)

解説

 覚悟はよいか――。いまから半世紀ほど前、つまり日本が戦後の経済復興に成功し、国民が平和であることに慣れはじめたころ、松下幸之助が鳴らした警鐘です。それでは幸之助にとっての「覚悟」とは、一体どんなものだったのでしょうか。

 ささやかな町工場からはじめた事業が成功し、世間的には功成り名を遂げた幸之助は、自らの歩いてきた道をふりかえって、自分が電気器具の製造を思い立ち、独立開業したのは、自分の意志だけでなく、もっと“大きな力”によって動かされた結果ではなかったかと考えるようになります。

 さらにそうした運命的な力を素直に認め、その働きに素直に従う。つまりある種の諦観をもって生きる「覚悟」を固めて、与えられた環境に没入し、日々の仕事に最善を尽くしていくところに安心感が生まれ、知恵や勇気が湧いてくる。個々の問題に悩まされることはあっても、大きく迷い、煩悶することがなくなり、なすべきをなすことができるようになる。そうしてわが道がひらけてきたのだと思いいたるのです。

 人には各々に与えられた天分があり、歩むべき道があるものです。ですから、それぞれの境遇に応じて生きる「覚悟」が必要なのでしょう。そしてその「覚悟」から生まれるところのおたがいの行き方が、ともに生き、ともに栄える社会を生みだすものであってほしいと幸之助はいまも願っているにちがいありません。

学び

覚悟はよいか。

すべてにおいて、覚悟はよいか。