人と企業の中央志向、グローバル志向が高まるなか、人口7万人の山梨県南アルプス市で高品質のリサイクルインクカートリッジを製造するジット。「松下幸之助経営塾」塾生の石坂正人社長に、創業の経緯と地域への思い、経営理念の原点を伺った。

 

リサイクルインクで人と地元を元気に(2)からの続き

 

志を立てる

人と地域を輝かせるために

一九九九年、ジットにとってまた一つの転機が訪れる。きっかけは、家電量販店で商談相手が漏らした何気ないひと言だった。当時、インクジェットプリンターの需要が急拡大していた。

「使ったあとに空になったインクカートリッジが大量に出て、処理に困っているんだよね」

 

その話に石坂さんはピンとくるものがあった。ちょうど地球環境問題がテレビや新聞で取りざたされるようになってきたころである。「空のカートリッジをリサイクルできれば、ゴミが減って環境問題に貢献できるのではないか」と思った。

 

思いついたら即実行するのが、石坂さんの性分である。早速、社員にリサイクルインクの開発を命じたのだった。

試行錯誤の末に開発に成功すると、販売力を持つ二社と提携し、合弁の会社を立ち上げた。社会の環境問題への関心は高まっており、この商品は大当たりする。こうしてジットはリサイクルインクのトップメーカーの地位を築くことに成功するのである。

 

ところがその後、提携先と生産のスタンスをめぐって意見が対立し、わずか二年で袂を分かつことになる。そして、巨額の売掛金だけが残った。これがいつまでたっても支払われず、ジットの資金繰りは次第に厳しくなっていく。「倒産」の二文字が石坂さんの目の前をよぎり始めた。

 

悪いときには悪いことが重なるものである。ある朝、突然の税務調査が入った。何もやましいことはないが、石坂さんにとっては初めてのことで、不安を掻き立てられるには十分だった。

 

追い打ちをかけたのが、特許侵害の訴訟だった。これも青天の霹靂で、どう対応してよいのか分からなかった。心労で食事ものどを通らなくなり、さすがの石坂さんも「すべてを放り投げて逃げ出したい」と思ったそうだ。

これまで、自分一人の腕と才覚で道を切り拓いてきたと思っていた。ところが、自分ではもはやどうしようもない。起業してはじめて、人に悩みを聞いてもらった。友人の伝手で紹介された弁護士だった。

 

悩みを全部打ち明けると、それだけで半分くらいは楽になった。すると、問題も嘘のように氷解する。売掛金はその弁護士があいだに立って取り返してくれた。社員たちは特許に触れない新しい製造方法を編み出し特許を取得した。そして、税務調査は何の問題もなかったのである。

 

石坂さんは気がついた。

「ずっとワンマンでやってきたが、それはとんでもない思い違いだった。社員や家族をはじめ、周囲の人々に助けられてきたからこそ、今の会社、今の自分がある。その人たちに感謝し、みんなが幸せになるように力を尽くさなければならない」

 

その日から、石坂さんの経営と人生の学びの日々が始まった。本を読み、積極的に研修にも参加した。経営理念の必要性を痛感し、合宿形式の理念研修を実施して幹部とともに練り上げた。

新卒採用のために学校を訪問し、経営理念を訴え、よい人材を集めることに力を注ぐようになった。会社説明会では、まず石坂さんが時間をかけて理念を説明するところから始める。すると参加者の大半がつぎの説明会に足を運んでくれるという。

 

会社のため、社員のためによいと思ったことは、いち早く導入してきた。毎日の朝掃除、研修、禁煙、背もたれのない椅子、毎月のように行われる行事(新年会、新入社員歓迎会、運動会、花火大会、駅伝、ゲートボール大会、バレーボール大会、忘年会など)……。今はその多くが任意参加となっているが、以前は石坂さんの思いが強く、すべて全員参加だった時代もある。

 

そこまでやるのは、社員にも自分の可能性を発見し、伸ばしてもらいたいという思いがあったからだ。夢や志は人を強くする。目標を持つ人は時間の過ごし方が変わる。自分が学び気づいたことを、社員も気づき変化してほしいという切なる願いからだった。

 

恩恵を受けてきた地域社会に恩返ししたいという気持ちも人一倍強まった。事業拡大による雇用促進(障害者雇用を含む)。パート社員の正社員登用。子育て世代をサポートするための託児所開設。スポーツや芸術活動への協賛など。

 

「仕事、子育て、冠婚葬祭……地域で必要とされるものはできるだけ多く引き受けられるようにしたい。山梨は人口が減少している県ですから、少しでも住みやすく、満足度の高い地域になるようお手伝いをしていきたいと考えています」

と石坂さんは強調した。

今行なっている事業のほかにも、恵まれた自然・農作物を使用して雇用や人々の健康を守りたいと、今後新たな事業も計画している。

 

人も企業も中央志向、グローバル志向がますます強まるなか、世界レベルの品質を保ちながら、地域密着・地元志向を力強く打ち出す企業は、地方再生を課題に掲げる日本にとって貴重な存在だ。

 

山梨県は自然に恵まれ、なおかつ首都圏にも近い。ジットグループは、地方経済を牽引するだけでなく、地域の人を輝かせ、地域の総合的な可能性を引き出す存在にもなっていくだろう。

 

ジット生産工場.jpg

(おわり)

◆『PHP松下幸之助塾』2016.1-2より

 

 

経営セミナー 松下幸之助経営塾