富山の地で「幸せをかなえるデザイン注文住宅」を手がける正栄産業。住む人のライフスタイルを考えた家づくりを徹底していると評判の会社だ。

1970年生まれの森藤正浩さん(「松下幸之助経営塾」塾生)が26歳のとき創業した。一見都会的でスマートな印象を与える経営者だが、丁稚同然の厳しい修業を乗り越え、たったひとりで会社を起こして成長に導いた、たいへんな努力家である。現在は飲食や介護の事業にまで手を広げる一方、将来は地域の人に「あってよかった」と言われる会社になることが夢だという。

 

富山に新風を巻き起こした「SHOEIの家」(2)からの続き

 

志を立てる

理念や方針を実践につなげる

「最初は薄くてペラペラの手帳でした」と森藤さん。しかし、そんな薄くて小さな『経営計画書』でも、安易に作成したわけではない。二十代のころから森藤さんが積み重ねてきた思索が反映されているのだ。
 
実は無類の読書好き。オフィスの二階には森藤さんの蔵書がずらりと置かれている。哲学書とビジネス書をよく読むという。ちなみに、社員にも、教育の一環として、毎月そこから一冊ずつ選んで感想文を書かせているそうだ。
 
いい会社をつくろうと思って最初に影響を受けたのが、経営にフィロソフィー(哲学)を導入した稲盛和夫氏の著作。同氏の主宰する盛和塾にも入った。また、稲盛氏がよく言及する中村天風の本も読んだ。その一方で、カリスマ的コンサルタントとして知られた故・一倉定の本に感銘を受け、弟子で人気コンサルタントの小山昇氏のセミナーに通う。そこで初めて手帳型の『経営計画書』を見せてもらった。それをヒントに、森藤さんは自分なりに考えた『経営計画書』を作成したのである。しかもそれで満足せず、内容を見直し続けて現在は五冊目。改定のたびに手帳の厚みが増しているそうだ。
 
ただ、そこにいくら立派な理念や方針が書かれていても、社員に徹底させなければ意味がない。「理念やフィロソフィーといった言葉は、経営者にとって耳触りのいい言葉。でも、実際の仕事とリンクさせなければ、社員から『社長は何を言っているんだ』と思われてしまう」。
 
そこで、社員がそろう朝に、『経営計画書』の勉強会を開くことにした。始業前の三十分だけ、手帳を開き、経営計画と現在取り組んでいる仕事を、全社員で重ね合わせてみる。そうすることで、自分たちがめざす方向に進んでいるのか、チェックできると考えた。
 
心がけたのは、「社長発信にしないこと」。トップダウンによる理念の共有は、理想論で終わりがちだが、いま現場で起こっていることを軸に理念を見つめ直せば、より具体的に社員の心に残る。
 
たとえば、ある社員からこんな報告があった。リフォームを他社から正栄産業に乗り換えてくれた顧客がいた。その人に、「なぜ当社を選んだのか」と尋ねたところ、「営業担当の方が、会うたびに打ち合わせメモを渡してくれたのが大きな安心感につながった」と答えてくれたという。
 
「手帳には、『お客様と打ち合わせをするとき、複写式のメモをとって控えをお客様に渡す』という徹底事項が書かれているのですが、この実例によって、契約に結びつく重要なルールであることが社員の腑ふに落ちたのです」
 
以来、複写メモをとることについて、「手帳に書いてあるからやむをえずする」のではなく、「お客様を安心させて契約をいただくためにやる」という意識が根づいた。
 
このように、手帳に書かれた理念や方針と実践とのつながりを勉強会で繰り返し学ぶことにより、少しずつ『経営計画書』の内容が社員のあいだに浸透していったのである。「地道だし、時間のかかることです。でもその分、いい方向に動いたらかんたんには崩れません」と森藤さんは語る。
 
手帳はそのほか、将来の制度変更や事業計画を事前に知らせることにも活用されている。たとえば、社員の諸手当を改定するとき、一年前から基準を手帳に公開した。こうすれば、前もって改定に対する心構えができる。実際、制度施行後は不満の声が出なかったという。「介護事業を始めるときも、五年くらい前から手帳にそのことを記載していました」。長期の目標にかかわることは早めに手帳に載せ、社員に知ってもらうようにしているのだ。
 
『PHP松下幸之助塾』2015.3-4より
富山に新風を巻き起こした「SHOEIの家」(4)へ続く
 
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