数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか。「松下幸之助経営塾」塾生の「事業継承(承継)」事例~小鯛雀鮨 鮨萬をご紹介します。

 
◆「大阪すしの老舗 400年企業をめざして(2)」からの続き
 

すしも楽しめるカフェが評判に

今春に全面開業を迎えた「あべのハルカス」は、今や大阪で最もにぎわう観光スポットの一つだ。地上六〇階、高さ三〇〇メートルの展望台からは、瀬戸内海に浮かぶ小豆島、四国にある剣山地まで見えることも。この大阪の新名所とも、鮨萬は深い関係がある。
 
一つは、JR天王寺駅や周辺の商業施設とあべのハルカスを結ぶ歩道橋。上空から見下ろすと「a」の形に見えるデザインが特徴的だ。大阪市がその歩道橋のネーミングライツ(命名権)の入札企業を募集したところ、鮨萬が見事、落札。これについて宏之氏は、大阪の町が「浪華八百八橋(なにわはっぴゃくやばし)」と表現されていた歴史、また旧本店がかつて存在した筋違橋(すじかいばし)のたもとにあったことに触れ、「私どもをこれまで育んでくれた大阪への恩返し」と説明する。
 
開業から二カ月で一一〇〇万人を超える人があべのハルカスを訪れたというから、非常に多くの人がこの歩道橋を渡り、命名した「鮨屋萬助・阿倍野歩道橋」の看板を目にしたことだろう。
 
また、あべのハルカス近鉄本店のタワー館九階には、鮨萬が展開するカフェ「あるにあらむ」が出店し、女性客を中心に連日にぎわいを見せている。厳選した食材を使ったスイーツを豊富にそろえるほか、フードメニューとして「小鯛雀鮨®」をはじめ、鮨萬ならではの本格的な大阪すしを提供しているのが特徴だ。場所柄、多くの客は展望台や周辺の商業施設で買い物などを済ませ、休憩のために立ち寄る。そうした客には、手軽に小腹が満たせるすしが好評だという。
 
すしとカフェのコラボレーションは異色といえるが、ここには立ち上げから中心的にかかわった康宏氏の戦略が垣間見える。鮨萬の店舗の客層は、四十代以上の女性が中心だ。現時点ではそれでよくても、四十年後の創業四百年を順調に迎えるには、若い世代をいかに取り込むかがカギとなる。そこで、康宏氏を中心に幾度も検討を経て生み出されたのが、カフェという新たな業態への挑戦だった。それまで康宏氏はカフェ経営に通じていたわけではなかったものの、独学で知識を習得しつつ、研究を重ねての開業となったという。
 
顧客基盤の強化については、若年層に加え、鮨萬の店舗がない地区での顧客獲得にも積極的な姿勢を取る。近年では、地方の百貨店等で行われる催事にも参加し、知名度向上に取り組んできた。たとえば鹿児島での催事には、七年連続で出店。回を重ねるたびに売上が増え、開催時には決まって足を運ぶ常連も生まれている。
 
このようなPR活動には、テレビCMや広告のような華々しさがない。しかし、「販売の場や機会をつくることで、一人ひとりのお客様を大切にしていくことが重要です」と康宏氏は強調する。こうした地道な努力が十六代にわたる老舗の伝統を支えているのだろう。
 
松下幸之助は著書『道をひらく』(PHP研究所)の中で、「わずかなくふうの累積が、大きな繁栄を生み出す」と述べている。鮨萬の今日があるのも、伝統の維持に努める一方、いつの時代にもお客様に愛される会社であるべく、少しずつ新たな方向を模索し続けてきたからではないか。その模索の担い手が、宏之氏から康宏氏にバトンタッチされた。創業四百年をめざし、鮨萬の挑戦はまだまだ続く。
(おわり)
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2014年11・12月号より
 
 
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