【理念継承 わが社の場合】数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか――。松下幸之助経営塾塾生の「事業継承(承継)」事例~タクミホーム~をご紹介します。

 

理念継承 わが社の場合

地方企業は何をめざすのか

企業の社会的役割とは何だろうか。
近年、CSR(企業の社会的責任)ということが盛んに言われるようになり、企業がみずからの利潤を追求するだけでなく、すべての利害関係者に対するアカウンタビリティ(説明責任)、経営の透明性の確保、環境問題や労働問題への取り組みなど、社会的な責任を果たしているかどうかも注目されるようになってきた。
 
もっとも日本、特に地方では、CSRという言葉を耳にするずっと以前から、企業は地域社会と密接なかかわりを持つ存在だった。社内行事で親睦しん ぼくを深めたり社員の冠婚葬祭を支援したりするなど、会社は家庭的な側面を持っていたし、地域の催事に対して寄付をしたり人を出したりするなど、地域社会の一員として積極的に貢献する会社も多かった。地域共同体がまだ生きていた時代、日本の企業はみずからの利潤追求のみならず、世間(社会)に対しても一定の役割を果たす存在であったのである。
 
今世紀に入って、グローバル化の名のもと、こうした共同体的な企業、あるいは企業の共同体的側面は否定され、効率化、利益確保、株価上昇など、目に見える企業価値の向上に関心がシフトしたかに見える。だが、地域経済の中で事業を営んできた地方の企業にとっては、そう単純に切り替えられるものではない。社員を家族のように考える家庭的な社風、時間をかけて築き上げる地域社会の信用など、従来の日本の会社が大切にしてきたものを受け継ぎ発展させている企業もある。
 
青森県八戸市の住宅会社、タクミホームもその一つである。
 

東北に進出した近江商人

八戸市は、青森県南東部に位置する人口二四万人の地方都市で、周辺の町を含めると約三三万人の都市圏となる。タクミホームの前身である大東企画がこの地に創業したのが四十五年前。創業家である木村家は、四百年前から続く近江商人がルーツだという。
 
近江商人は、天秤棒一つで全国津々浦々まで行商に出かけた。故郷を遠く離れた見ず知らずの土地で商売をするのは容易なことではない。たしかな品質と適正な価格で商品を提供し、顧客の信用を築く。天秤棒で持ち歩くのは商品サンプルのみ。商談が決まると飛脚を飛ばし、本店から商品を届けさせる仕組みだった。一度きりの売りっぱなしではなく、同じ土地に何度も足を運び、信用をベースに商売を継続する。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」が近江商人の精神だった。
 
現社長・木村昌義さんの祖父の実家は群馬県伊勢崎市にあり、代々商いを行なっていた。木村屋商店として味噌や醤油、日用雑貨などを扱っていた。老舗の商家にふさわしく当時から地域経済の要であり、町の振興にも力を尽くしたという。
 
海軍省に入った昌義さんの祖父は、第二次世界大戦中に設営隊として、宮城県矢本(現東松島市)にある松島基地の建設のために東北に来た。大戦後、矢本で木村屋商店を始め、宮城の米、群馬のお茶、近江の絹織物で「のこぎり商売」を行なった。のこぎり商売とは地元の品物を持っていって売り、売り先で別の品物を仕入れて地元や近隣の都市で売る、という効率的かつ互恵的なやり方だ。
 
昌義さんの父は、青森県三沢市に仕事を立ち上げた叔母の手伝いで三沢市に来た。三沢市は同じ基地のある町として矢本とつながりのある町だった。そして近くの八戸市で大東企画を設立し、看板製作や店舗の仲介・売買などの事業を営むようになる。タクミホームは、のちに大東企画不動産を引き継いだ昌義さんが、八戸帰郷を機に住宅販売に進出し、商号変更したものである。
 
というのも、昌義さんは大学を卒業後、大手ハウスメーカーに入社し、新人のころから住宅を売りに売っていたからだ。先輩や上司からは「やせ馬の早っ走り」と言われた。実力もないのに最初から飛ばしすぎると、途中で息切れしてしまう、という意味である。
 
ところが、その勢いはいっこうに止まらない。入社して三年間、トップセールスを走り続けた。バブル崩壊、消費税の導入、個人消費の低迷が始まった時代である。なぜ新入社員に家が売れたのか。昌義さんからは次の答えが返ってきた。
 
「木村家の人間に特長的なことですが、掲げた目標に対してはどんなことがあっても努力を続け、やり遂げるという気質を持っているんです。努力する才能があると言ってもいいかもしれません」
 
木村家を流れる特有の気質に加え、もう一つ、昌義さんには精神的な支柱があった。それは、大学時代の恩師、森岡正憲氏の教えである。森岡氏は、伊藤忠商事の理事を務める経済学者で、世界の成功者を数多た研究し、その成功法則をシンプルな六カ条にまとめていた。
 

森岡正憲 成功六カ条
1.いかなることがあっても、物事を肯定的に考える。
2.つねに、一歩でも二歩でも前進することを考える。そのために、努力することを惜しまない。 
3.いかなるときでも、人生に対する明確な目的意識をもちつづける。
4.自分を信じ、他人の否定的な言動に惑わされない。 
5.大事に直面して、失敗を恐れない。必ず成功すると確信する。
6.将来の望ましい自分の姿をありありと、微に入り、細にわたり、想像する。そうすると、想像どおりの人となると確信する。

 
否定的な考えを持たず、周囲が何と言おうと自分にはできると確信する――若いころから身につけていたこの精神は、ハウスメーカーでの活躍のみならず、その後のタクミホームの経営にも存分に生かされることになる。
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年11・12月号より
 
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