【理念継承 わが社の場合】数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか――。松下幸之助経営塾塾生の「事業継承(承継)」事例~タクミホーム~をご紹介します。

 

社員は家族 会社は地域の拠り所(2)からの続き

 

理念継承 わが社の場合

雇用を創出し地方を活性化する地域リーダーの役割

今の日本には元気を失った地方都市が少なくない。若い人が地元にとどまらずに東京や各地方の中核都市へと去っていく。地元にいてもよい働き口がないというのが、大きな理由であろう。
 
昌義さんは、「人にとっていちばんよくないことは仕事がないことだ」と言う。雇用の確保・促進は、中央や行政など他人の力を待っているだけでは、本物にはならない。地方みずからが工夫をし、努力をして生み出すことが、最も大きな力になる。
 
その力の源になっているのが日本総合研究所会長、野田一夫先生の教えである。それは「志を持って生きる」ということと、「自分の生まれ故郷、ふるさとのために頑張る」というものだ。東日本大震災で被災した岩手県野田村の出身である野田先生の「ふるさとのために生きる」ということに昌義さんは深い感銘を受けた。
 
住宅業界は建築現場を持っているため、すそ野の広い雇用を創出することができる。昌義さんは野田先生の教えを胸に地域のリーディングカンパニーとして、みずからの事業を拡充することで、地域の雇用の促進に心を砕いていたのだ。
 
ところが、住宅事業は男性がメインになりがちである。現代は、働く意欲の高い女性が増えている。にもかかわらず、地方には女性の働く場所が少ない。この問題にも一肌脱ぎたいと考えた昌義さんは、さまざまな新事業に乗り出していく。その一つは、保育園、グループホームの運営など、地域コミュニティを支援するもの。さらに、温泉やヒーリング(タイ古式マッサージ)など、地域にゆとりとやすらぎをもたらす事業がある。
 
じつは、八戸は「早朝銭湯」で知られる町でもある。全国的に見ると廃業に追い込まれる銭湯が急増しているが、ここ八戸では今も四〇軒ほどの銭湯が営業を続け、漁師町らしく早朝から開けているところも多いという。
 
現在、「森のかおり」「帆のかおり」という二カ所の温泉施設を展開。タイ古式マッサージ店「ドーク・ブーア」も二店舗を経営している。いずれも女性スタッフがメインの職場だ。
 
この温泉施設は、東日本大震災の際には、お風呂に入れない被災者のためにいち早く開放された。昌義さんが行う事業はいずれも地域の人びとのためであり、地域の人びとが望むことを形にしていくという気概が感じられる。昌義さんにとってここ八戸は、住む人びとが心を寄せ合い支え合う地域共同体なのだ。そこには、地域のために汗を流し、地域のために粉骨砕身するリーダーの存在が必要である。近江商人の末裔としての「三方よし」の精神。そして木村屋商店時代以来培われてきた老舗商家としての責任感。木村家には、地域のために尽くすリーダーとしての自覚と自負の心が流れているように思う。
 

理念の継承と社員教育

 
この木村家の精神を受け継いでゆこうとしているのが、昌義さんの長男、年宏さんである。まだ高校二年生で直接事業にタッチしているわけではないが、父親の昌義さんとは日ごろから会社経営についてよく話し合っているという。お父さんの教育について尋ねてみると、
 
「時間を守ること、約束を守ることについてはほんとうに厳しいです」
 
という言葉が返ってきた。たとえば、木村家では「夕食は六時」と決められていて、これには家族全員が遅れてはならない。また「勉強する」と言って自分の部屋に入ったのに、携帯でゲームをしていて、容赦なく取り上げられたこともあった。約束を守ることは経営の基本であり、自分で決めた目標に対して、易やすきに流されることなく努力を積み重ねることこそ、成功への大きな秘訣ひ けつである。これは昌義さんが年宏さんにくり返し伝えたい教えなのだ。
 
こうして日ごろから毅然とした態度で考え方を伝える一方、仕事への取り組み姿勢や方針によって、自然に伝播していることもあるようだ。たとえば、住宅事業のみならず、温泉やヒーリング事業に乗り出したことで、タクミホームが単に住宅を提供する会社ではなく、地域の人びとに役に立ち、地域のためにある企業をめざしていることを、年宏さんは感じている。
 
また、東日本大震災直後のこと、岩手県大槌町で働いていたタクミホームの社員の消息が途絶えたために、昌義さんはその次の日の昼に現地に向けて出発し、安否がわかるまで何度も足を運んで懸命に捜索した。その姿を見て、木村家にとって社員は自分の家族とまったく同様であることを痛切に感じたに違いない。ちなみに、震災翌々日の捜索には、年宏さんも同行している。
 
早くも次世代への継承の地ならしがなされているように感じるが、
 
「ほんとうに大切なのは、社員の人たちに理念が継承されることです。自分の子どもを入社させたいという社員が多いことが当社の誇りです」
 
と昌義さんは言う。たしかに、経営者だけでなく、一般社員からも子息の入社が多いということは、やりがいや待遇、社風の面でも、満足している従業員が多いと言えるだろう。
 
今年、タクミホームは、休業していた旧よねくらホテルの土地と建物を買い取り、本社屋を移転した。結婚式場も兼ね備えた格調高いホテルで、広大な回遊式の日本庭園もある。移転後に、庭園の清掃を社員や取引業者、そして入居者それぞれの家族が総出で手伝った。その数六〇〇人。もし、タクミホームが高収益だけを目標にした“優良企業”なら、これだけの人たちが利害を超えて集まることはないだろう。人びとの心のどこかに「おらが町の、おらが会社」といった気持ちがあるからではないだろうか。タクミホームの社員にとって、会社は単に給料を得るための場ではなく、自分の生活の場、生きる舞台そのものとなっているように見える。
 
タクミホーム
 
そのような意識を形成するカギは、毎朝の「朝礼」にある。タクミホームの朝礼こそ、理念浸透の中核であり、すべてであるといっても過言ではない。
 
朝礼は、社是・社訓の唱和をはじめ、全社的な連絡事項、各自の行動予定の発表、社長訓話などがなされるが、特徴的なのは課題図書の輪読である。職業倫理や仕事観・経営観に関する書籍を昌義さんが選び、毎日一節ずつ輪読していく。
 
ただ読み合わせただけでは効果は少ない。タクミホームの朝礼では、毎朝ランダムに当てられる社員が、読んだ箇所について短い感想なりコメントを発表していくのである。こうして、ただ与えられたものに受け身で目を通すのではなく、それをみずからの行動や考えに照らし合わせ、自分の頭で考えて言葉にしていくことが求められる。
 
たしかに、これを続けていけば、自分が仕事にどう向き合っているか、他人に言われるのではなく、みずからの力で自覚できるようになるだろう。それはおのずと、日々の仕事の取り組み姿勢へと反映されていくはずだ。
 
タクミホームの新規事業には、経営難に陥った会社を買収して立ち上げたものもある。「経営が悪い会社は、そこで働く社員も経営が悪くなる考え方をしている」と昌義さんは指摘する。経営母体が変わるとき、昌義さんは、新しく社員になる人たちに次のように宣言するという。
 
「今日から私が社長です。私の言うことを聞くか、それとも辞めるか、二つに一つです。私の言うことはたった一つです。『朝礼をしてください』」
 
新たにグループの社員となると、約一カ月間、タクミホームの朝礼に出る。そしてその神髄を理解して、翌日からは自分の職場で実践する。
 
「金も送らない。人も送らない。理念だけを送る」(昌義さん)
 
こうして、社員も地域もお互いに助け合い支え合う共同体のような職場が、また一つ八戸に生まれていく。地方企業の古くて新しいあり方が、ここに示されているのではないだろうか。
(おわり)
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年11・12月号より
 
経営セミナー 松下幸之助経営塾