月刊誌『PHP』は第50号(昭和26〔1951〕年9月発行)を記念して、松下幸之助による「人間の天命」という文章を掲載しました(※1)。幸之助は、「PHPの立場から、一つ人間の本質を明らかにしてみたい、すなわち、繁栄を実現するという観点から、人間の本当の姿を適確にあらわしてみたい」と述べ、この文章のなかで以下の「人間宣言」を発表しています。

 

人間宣言

 

 宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し、絶えず発展する。万物は日々に新たであり、生成発展は自然の理法である。
 人間には、この宇宙を支配する力が、おのおのの本性として与えられている。すなわち、人間は絶えず生成発展する宇宙に君臨し、宇宙にひそむ偉大なる力を開発し、万物に与えられたるそれぞれの使命を見出しながら、これを活用することによって、自分自身の繁栄を生み出すことができるのである。
 かかる人間の特性は、自然の理法に従って、宇宙根源の力から与えられたものである。それは絶対至上の命令である。これこそは、人間に与えられた天命と名付けてもよいであろう。
 この天命が与えられているために、人間は世の支配者となり万物の王者となる。即ち人間はいわば神の代行者の如き地位に立ち、善悪を判断し、是非を定め、一切のものの存在理由を明らかにする。そして何者もかかる人間の判定を否定することはできない。
 まことに人間は偉大である。宇宙一切のものが人間に活用され、その繁栄に役立つべく待機する。
 しかしながら、かかる人間の特性は、一人の力では到底これを発揮することはできない。すべての人の知恵があますところなく融合され、それが真の衆知として生かされるときに、人間に与えられた天命は、はじめて生き生きと発揮される。大なる知恵も小なる知恵も、すぐれた知恵も劣れる知恵も、すべて自由に平等に、何のさまたげも受けずして融合され活用されるとき、衆知はその社会を支配する英知となり、いわば神の意志を象徴するものとなるのである。
 従って衆知こそ、人間の逞しさを発映する最大の武器である。宇宙の支配者となり、万物の王者として君臨し、すべてを人間の繁栄のために役立たすことのできる唯一最大の武器は、実にこの衆知から生まれた英知である。
 繰り返して言う。人間はまことに偉大な存在である。お互いに、この人間の逞しさを知り、その天分を自覚し、衆知を高めつつ、生成発展の大業を営まなければならない。そこにはじめて、繁栄の生活が生まれ出てくるであろう。

 

 「人間宣言」の内容について、「これをつゞめて言えば、......一つは、人間の本質はまことに偉大であるということであり、他の一つは、その偉大さを発揮するためには、真の意味の衆知によらなければいけないということ」(※2)と説いています。
 これを受けて、同年11月発行の『PHP』第52号では「人間宣言を批判する」という特集が組まれました。各界の有識者18名が「人間宣言」についての短評を寄せており、表にすると以下のようになります。

 

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 18名のうち6名が賛成しており、8名が否定的な厳しい批評を寄せています。否定的な人はおおむね、人間を過大評価していて傲慢ではないかと説いたのに対し、一方で「人間宣言」に一定の評価をしつつ、さらに今後より良い内容にするための建設的な批判をした人がいました。
 哲学者・西田幾多郎の高弟である高坂正顕(まさあき)氏は、「人間宣言」の内容に加えて「人間の有限性の自覚」が必要だと説き(※3)、同じく西田の弟子であった鈴木成高(しげたか)氏は、人間が「自己の無力を自覚」したうえで、「さらにそれから抜け出たようなもの」を説くべきだとしています(※4)。仏教学者で社会活動家の友松圓諦氏は、人間の「限界を知っているところに人間の知性の永遠性、偉大性がある」と指摘していて(※5)、三者は衆知の大切さや人間の偉大さを説くのは良いとしつつ、人間の限界や無力さについても考慮すべきだと主張する点で共通していました。

 その後、昭和47(1972)年5月に発表された「新しい人間観の提唱」では、「人間宣言」と同様に「人間は崇高にして偉大な存在である」と説かれ、「衆知こそ、......人間の天命を発揮させる最大の力である」と主張されました。一方で、「個々の現実の姿を見れば......人間はつねに繁栄を求めつつも往々にして貧困に陥り、平和を願いつつもいつしか争いに明け暮れ、幸福を得んとしてしばしば不幸におそわれてきている」と説かれています。このような内容は「人間宣言」には見られず、有識者からの指摘が考慮された可能性が考えられます。
 


1)『PHP』第50号(昭和26〔1951〕年9月発行)、1~7頁。
2)同上3頁。
3)『PHP』第52号(昭和26〔1951〕年11月発行)、12頁。
4)同上26頁。
5)同上27頁。その他、壽岳文章氏は、「人間宣言」の内容が「抽象的」なので、「具象面の裏づけ」が必要だと説きました。同上29頁。