昭和三十年ごろのこと、競争の激化によって、電機業界は非常に混乱していた。松下電器の代理店のなかにも倒産するところが出て、被害総額は数百万円にものぼった。

 

 倒産した代理店を管轄していた東京営業所の所長は、責任を感じ、始末書を持って、本社の幸之助のもとに出向いた。そして、こういう大きな損害をこうむった、これだけのお得意先に迷惑をかけた、金額はこれだけである、その原因はこういうところにある、と一つひとつ報告し、
 「これはやはり私の監督不十分であります。まことに申しわけありませんでした」
 と、頭を下げた。
 「二度とこういうような失敗をくり返さないために、こういう対策を立てました。当面の処置対策はこのようにいたします」

 

 じっと聞いていた幸之助は、
 「そうか。きみな、一回目は経験だからな。たいへん高い経験をしたな。しかし、二度くり返したら、きみ、これは失敗というんだぞ。二度と犯すなよ」
 そして尋ねた。
 「ところできみ、最近の市況はどうや。ラジオや電球はどうや」

 

 厳しい処分が下ることを覚悟していた営業所長は、そのひと言に涙があふれた。