危機のなかの慰労会――人生断章〈6〉
人生

危機のなかの慰労会――人生断章〈6〉

 昭和二十三年秋。松下電器はGHQから七項目に及ぶ制限を受け、再建もままならず危機に瀕していた。そんななかである日、幸之助は友人の邸宅の一部を借り、在阪の幹部数十名を招いてすき

徹すれば神通力が――人を見る眼〈5〉
人材育成

徹すれば神通力が――人を見る眼〈5〉

 昭和三十五、六年のこと。当時の冷蔵庫の販売は、各メーカーが十月にその年の新製品をいっせいに発表、その展示会をディーラーが見てまわって注文するというかたちで行なわれていた。した

きみ、いちばん上手や――情を添える〈5〉
心くばり

きみ、いちばん上手や――情を添える〈5〉

 昭和三十年代の後半、PHPの研究が真々庵で行なわれていたころのことである。幸之助が長時間、原稿に目を通したり、考えごとを続けて肩がこったとき、数人の若い所員に順番で肩もみの役

北海道のメガネ屋さん――共存共栄への願い〈5〉
共存共栄

北海道のメガネ屋さん――共存共栄への願い〈5〉

 昭和三十九年秋、幸之助は、北海道のあるメガネ店の主人から一通の手紙を受け取った。そこには、ていねいな文章でこんなことが書かれていた。  「実は、先日、テレビであなたの姿

まず国内を満たしてから――繁栄への発想〈5〉
発想法

まず国内を満たしてから――繁栄への発想〈5〉

 第二次世界大戦後六年たった昭和二十六年秋、幸之助はヨーロッパを訪ね、ドイツのハンブルクのホテルで宿泊した。崩れた建物がそのままになっているなど、街には戦後の匂いがまだ相当に残

自分ばかりしゃべりはった――経営の姿勢〈5〉
経営

自分ばかりしゃべりはった――経営の姿勢〈5〉

 昭和三十六年秋、幸之助が九州のある取引先の工場を訪れたときのこと。三十分ほど工場を見学し、そのあと社長、工場長と十分間ほど歓談した。  帰りの車中で幸之助は、随行していた九

とどめをさす――仕事を見る眼〈5〉
仕事

とどめをさす――仕事を見る眼〈5〉

 昭和二十年代後半、松下電器東京特販部は、生産販売を始めたばかりの電気冷蔵庫を、当時日本一といわれていたデパートに納入すべく懸命の努力を重ねていた。  当時、そのデパートの電

あらええで、もろとき――人生断章〈5〉
人生

あらええで、もろとき――人生断章〈5〉

 大正四年九月、幸之助は井植むめのと結婚した。幸之助二十歳、むめの十九歳。  見合いを勧めたのは姉である。    「九条の平岡という炭屋からこんな人がいると勧め

授業料出してんか――人を見る眼〈4〉
人材育成

授業料出してんか――人を見る眼〈4〉

 昭和八年七月、松下電器門真本店竣工。次いで九月、第十一、十二工場完成。来賓を招待し、三日間にわたって披露をすることになった。  新工場群の一隅に、柔・剣道の道場として尚武館

長男を亡くした親友への励まし――情を添える〈4〉
心くばり

長男を亡くした親友への励まし――情を添える〈4〉

 親しくつきあっていた製菓会社の社長の長男が、昭和二十五年、三十九歳の若さで急死した。次男、長女もすでに亡くなっており、たった一人残った長男はまさに社長にとっての宝物であった。

きみはなぜ学校を出られたか――共存共栄への願い〈4〉
共存共栄

きみはなぜ学校を出られたか――共存共栄への願い〈4〉

 ある課長を、工場長に任命したときの話である。最近の仕事のことなどについてひとしきり懇談していたが、幸之助は突然話題を変えて、こんなことをきいた。  「ところできみ、学校

世間が待ってくれるか――繁栄への発想〈4〉
発想法

世間が待ってくれるか――繁栄への発想〈4〉

 ある事業部の経営がなかなかうまくいかず、事業部長が交代して立て直しをはかることになった。新任の事業部長は幸之助に、「いろいろ実態を調べましたが、これは必ずよくなります。だから