昭和三十六年秋、幸之助が九州のある取引先の工場を訪れたときのこと。三十分ほど工場を見学し、そのあと社長、工場長と十分間ほど歓談した。
 帰りの車中で幸之助は、随行していた九州松下電器の幹部に言った。

 「きみ、あそこの会社、経営はあまりうまくいっていないな」
 「どうしておわかりですか」
 「工場を一見したら、まあ、だいたいわかるわ。それと、さっきのあの社長さん、あの人より経験の深いはずのわしがせっかく行っているのに、わしから何か引き出そう、何かを聞き出そうという態度にちょっと欠けとった。自分ばかりしゃべりはったな」