自らが創設したPHP研究所が30周年を迎えた昭和51年、松下幸之助は、21世紀初頭の日本はこうあるべきだ、こうあってほしいとの願いをこめて『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』という本を出版しました。それは未来小説という体裁をとっていますが、いわば松下幸之助の提言の集大成ともいえるものでした。
 松下幸之助が描いた「理想の日本」「理想の日本人」とは、いったいどんなものだったのでしょうか。

 

真の政治は国家や国民を対象にした「国家経営」 【政治観1】 からのつづき

 

松下幸之助が描いた21世紀の日本

政治が安定している国――part2

 まず一番大切だと考えていたのは、国家経営の基本方針、政治理念の確立である。その理念には三つのことが含まれる。一つはこの国を何のために経営するのかということ、二つにはどのような方向に向かって経営していくのかということ、三つ目は具体的な将来のビジョンである。


 「何のために」ということについて松下幸之助は、「政治の究極の目標は、すべての人が活き活きと仕事に励み、生活を楽しむことのできる社会をつくること、言い換えれば、国民の繁栄、平和、幸福をもたらすことであることは誰しも異論はないであろう」と述べている。そして、その目的を果たすために、政治が目指す方向を「人間の欲望を適切に満足させていく」ところにおかなければならないと考えていた。


 人間にはさまざまな欲望がある。食欲や性欲などの本能的な欲望もあれば、名誉欲や知識欲といった精神的な欲望もある。あるいは、このような仕事をして自分を活かしたいというような欲望もある。そうしたさまざまな欲望を満たしたいという思いから、人さまざまな営みがなされている。もし人間にまったく欲望がなかったとすれば、この世の中に何の活動も起こってはこない。その意味で欲望というものは人間活動の源泉であり原動力だともいえる。しかも、それは人間がみずからつくりだしたものではなく、いわば自然のうちに備わったものである。だから、それらを無視したり軽視したりするのではなく、むしろこれを素直に認めて正しく満たし伸ばしていくのが、人間の本性を活かす素直な生き方ではないか、と松下幸之助はいう。


 しかし、人間の欲望は限りなく大きくなっていく一面がある。それが、本人のためにならない場合もあるし、人に迷惑をかけるような場合もある。迷惑をかける場合には、「人に迷惑をかけていると、それがやがては自分にはね返ってきて、結局は自分の欲望も達せられなくなる」と、国民に社会のルールをきっちり教えていかなければならない。それも政治の仕事である。つまり、人間の欲望を真に満足させるということはいったいどのようなことなのかということをも併せ教えつつ、適正に欲望を満たしていく、そういう方向を目指した政治でなければならないという。それは、違った角度から見れば、万人にところを得さしめること、つまり適材適所を実現することでもある。


 欲望が適度に満たされ適材適所が実現すれば、人々は活き活きと働き、社会は安定する。

 

 三つ目の具体的な将来のビジョンについて、松下幸之助は、日本は、経済大国でも軍事大国でもなく、世界の国々から愛され敬意を表わされるような精神大国を目指そう、そして、そのことを内外に宣言し、力強い歩みを踏み出そうと訴えていた。

 

 これらの政治理念はちょうど航海をするときの目標のようなもので、これがなければどちらの方向に舵を取っていいかわからず、けっして真の繁栄を生む力強い政治は生まれてこない。したがって国論も統一されず、国民の活動も停滞する。今日の混迷混乱は、そうした明確な理念がないところにあるとたびたび警告を発していた。それは、長年事業経営に携わってきた松下幸之助の体験に基づくものといえよう。

 

国家議員に求められる基本的な条件とは何か? 【政治観3】へつづく
◆『[THE21特別増刊号]松下幸之助の夢 2010年の日本』(1994年10月)より
 

筆者

谷口全平(元PHP研究所取締役、現客員)
 

筆者の本

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(いずれも現在、電子書籍のみの販売となっております)
 

関連項目

松下幸之助の社会への提言【政治】
松下幸之助の社会への提言「私の夢・日本の夢 21世紀の日本」
松下幸之助の政治・経済・社会・国家観
 

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