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松下幸之助実語録
【新書版】目次
ゆたかな心で | |
不安もまたよし | 15 |
迷わずに | 18 |
予期できない障害 | 20 |
天は一物を与える | 21 |
苦労話はない | 25 |
私の運命観 | 27 |
運の強さ | 30 |
無理をしない | 32 |
雨が降れば傘をさす | 35 |
日に新たに | 38 |
世間は正しい | 39 |
無言の契約 | 41 |
峠の茶屋 | 44 |
不景気は好機 | 46 |
根本からのやり直し | 48 |
よりよく生きる | |
道は無限にある | 53 |
コロンブスの卵 | 55 |
広い視野に立って | 57 |
欲を生かす | 60 |
歴史の一コマ | 63 |
自由の感激 | 65 |
社員稼業 | 67 |
自らを高める義務 | 70 |
この心がけこそ | 72 |
ともに成長する | |
私の体験 | 79 |
適時適切に | 80 |
成長の糧 | 84 |
厳しい先輩の下で | 87 |
労使のあり方 | 89 |
調和があってこそ | 92 |
適数の悪 | 93 |
対立と調和 | 95 |
人間を知って | |
利益だけでは | 101 |
人間だけが | 102 |
人間の本質はダイヤモンド | 104 |
人間精神の復活を | 106 |
人間の偉大さと衆知 | 109 |
適性があってこそ | 111 |
自己認識 | 114 |
自省 | 116 |
若さの自覚を | 119 |
正しい価値判断 | 123 |
躾けは添木 | 125 |
教育の大量生産 | 127 |
道徳と戦争 | 130 |
実利につながる | 133 |
人間自身の教育を | 135 |
仕事に徹する | |
感謝の心 | 141 |
サービスの大切さ | 143 |
勤勉の習性 | 145 |
使命の自覚から | 149 |
命をかける | 151 |
矢面に立つ | 155 |
仕事のプロ | 157 |
責任の自覚こそ | 160 |
使命に生きる | |
水道哲学 | 165 |
使命観に立つ | 168 |
ダム経営 | 170 |
専門細分化の方が | 173 |
借金経営では | 176 |
利益の本質 | 178 |
適正利潤 | 180 |
税金に対する考え方 | 182 |
尺取虫の精神 | 185 |
生産と公害 | 187 |
生涯会わなくとも | 189 |
人を集める | 192 |
中小企業は強い | 194 |
全員の経営 | 195 |
社会とともに | |
政治に生産性を | 201 |
和を貴ぶ精神 | 204 |
国是が必要 | 206 |
政治に哲理を | 208 |
法を守らねば | 210 |
日本人としての主座 | 212 |
過当競争と適正競争 | 214 |
並足が一番 | 216 |
生産者と消費者は | 220 |
人間の考えようで | 224 |
今日に思う | |
石油危機への反省 | 229 |
不平不満はどこから | 233 |
民主主義のはき違え | 235 |
日本は完全独立を | 238 |
弱点を知ることが必要 | 241 |
正しい国家意識を持って | 242 |
七賢人ばかりでは | 246 |
解決の道はない | 247 |
まえがき
今回、潮出版社より、最近の日本の諸問題、諸情勢に関して私が考え、感じていることの一端を話してほしい、またそれとあわせてこれまで私が断片的に話してきたことを編纂して一冊の本にしたい、とのお申し出があった。そしてその本のまえがきとして何か書くようにとのご要望もいただいたので、次に最近の所感の一端をのべて、まえがきにかえさせていただきたいと思う。
現在の日本は、政治、経済にわたって一大危機に直面しているように思われる。経済についていえば、物価は日々高騰の様相をみせ、また政治は政治で混迷を深めつつある。そこに国民の不安が生じ、その不安が国民活動の上に各種のムダをもたらし、能率の低下をおこしつつある。しかもそうしたムダや能率の低下が、物価騰貴に一層の拍車をかけるという悪循環に陥っているのである。
これが今の日本の一面の状態だと思うのだが、こうした姿がなぜおこっているかというと、見方はいろいろあろうが、一言でいうなら、結局、お互い日本人の心の貧困のあらわれではないかと思う。つまり今の日本では、一般に物はたくさんあるし、貧困ともいえない。しかし実質的には、精神的貧困、心の貧困とでもいうべき姿に陥っているのではないかと思うのである。一例をあげれば、先般ある調査で、世界各国と比べて日本の青年が一番不満を感じているという結果が出たという。今日、世界の国ぐにの中には、日本より物が乏しく貧しいという国は少なくないと思われる。にもかかわらず、こうした結果が出ているというのは、やはり今の日本では物はゆたかでも心はむしろ貧困に陥っている面があるということの、一つの証拠ではないだろうか。
また実際に今のわが国では、とかく相手の非を鳴らすというか、相手のわるいところにばかり目がついて非難し責めあうといった風潮がつよいように思われる。もちろんお互い人間だから、どこかに非というか反省すべき点があるのはいうまでもないが、そればかりとりあげて責めていたのでは、お互いに信頼しあう心もうすれ、いわゆる不信感に陥ってしまい、かえって好ましからざる姿も多くなってこよう。今の日本にはそうした姿がみられると思うのだが、これもまた、日本人お互いの心の貧しさのあらわれではなかろうか。お互い人間には、もっと寛容の心というものがあってもいいのではないかという気がするのである。
そのように、物があってもそのありがたさがわからず、かえって不満を抱くとか、とかく相手の非をあげ責めあい不信感に陥るといった心の貧しさから、今の日本のさまざまの問題が派生しているのではないかと思う。日本の今の状態は、いわば沈没寸前であるという表現をつかった人もいるが、このままでは、ほんとうにそういった深刻な状態にも陥りかねない。したがって、われわれは一刻も早く、心の貧しさをとり除き、心のゆたかさをとり戻さなければならないと思う。つまり、現在の不平、不満にみちた心、あるいは相手の非ばかり責めて不信を抱くという心を、喜びと感謝にあふれた心、そしてゆたかな寛容の心にかえていくことが大切だと思うのである。
そういうことを実現するためには、まず、お互い日本人が、自分をとり戻すというか、他への依存心をすてて、自主独立の気がまえをうち立てることが必要だと思う。というのは、終戦直後の日本は、諸外国の助けを借りつつ歩んだため、それが一つの習性となり、今でもなお心の底に他への依存心が残っているように思われる。つまり何でも他から助けてもらおう、何とかしてもらおうという貧困な心である。
したがってわれわれは、こうした依存心をすてて、他の力を借りずに自分の力で歩いていくのだ、自分を独立させるのだ、という心がまえをもつことが必要だと思う。われわれが、心の貧しさをとり除き、ゆたかな心をとり戻すには、まず第一にそういう自主独立の精神革命ともいうべきものから始めて、自分というものをとり戻さなければならないと思うのである。
中国ではかねてより「自主独立・自力更生」のスローガンを掲げ、国家国民が一体となってこのスローガンの実現に邁進しているというが、これはいかなる体制の下にあろうと非常に大事なことだと思う。われわれ日本人もまた、その中国の「自力更生」のように、一人ひとりが、そういう自主独立の気がまえをうち立てていくことが肝要だと思うのである。そのようにして、お互い日本人が自分をとり戻し、心の貧しさをとり除くことができたなら、物はゆたかにあるのだから、そのありがたさもわかって喜びも感謝も生まれてくると思う。またお互いに相手の非よりもむしろ良さをみとめあい、尊重しあうといった寛容の心も生まれ、そこから、国民活動のムダや能率の低下もしだいに少なくなっていくであろう。そうなれば、やがて物価騰貴も少しずつおさまって、逐次、より好ましい姿も生まれてくるのではあるまいか。
潮出版社が本書を編纂されたのも、そういった心のゆたかさをとり戻して、よりよい日本を築いていこう、といったお考えからではないかと思うが、そういう点で本書がいささかなりともお役に立つならば、まことに幸せである。
昭和四十九年十一月
松下幸之助