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著作から見た松下幸之助の世界

若い君たちに伝えたい

若い君たちに伝えたい    
昭和50年
講談社 刊
新書判
200ページ
   

 

若人の不屈の精神こそ混迷の世を切りひらく力であると説く青年向けの書。

 

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目次

序 章対日意識の高まるなかで——まえがきにかえて——
第一章国際化時代の若者たちへ15
一 夢と生きがいを求めて16
二 甘えを生む時代31
三 若者の本質は変わらない39
四 政治不信と企業不信52
五 のこすべき日本の伝統64
六 国際化時代をどう生きるか78
七 日本の孤立化を防ぐために90
第二章歴史と伝統への自信103
一 日本人の特性104
二 伝統の中の天皇制111
三 和を貴ぶ民族精神121
第三章危機の現状を直視せよ129
一 急速な経済復興とそのひずみ130
二 バランスのとれた国土開発を136
三 精神大国への道を144
四 日本経済の危機に思う155
第四章世界への提言165
一 過のわざわい166
二 不信の時代の中で173
三 人類の共有財産179
四 100の思想を生かす社会を185
あとがき197

まえがき

 序章 対日意識の高まる中で ——まえがきにかえて——

 本格的な“国際化時代”の到来

 アメリカとソ連の宇宙船が、空のかなたでドッキングするという時代になった。科学技術の進歩もさることながら、国と国とが協力し、互いの知恵を生かし合いながらものごとの成果を高め、共存共栄していくという、いわゆる“国際化の時代”が本格化しつつあるといえるのではないだろうか。
 日本と日本人も、この本格化する国際化時代にあって、いかにみずからの持ち味をいかしつつ、世界諸国と緊密な協調関係を保っていくかということが、目前の急務になってきている。
 いわゆる資源なき工業国としての日本が、今後とも存立発展していくには、世界の国々との友好関係、協調関係が不可欠である。いま世界のどこの港に行っても、日本の船が見られないところはないというが、万一そういう姿が見られなくなったときには、経済面での“日本沈没”はまぬがれないと覚悟しなければならない。
 それだけに、お互い日本人は、この国際化時代というものをどのように受けとり、またこれに対処していくべきかを、真剣に考え合わなければならないと思う。
 思えば日本も、三十年前には、あの第二次世界大戦に敗れ、国際的にまったく孤立してしまった。そして、物心ともに貧困と混乱のなかで、指導者も一般国民も、まったく途方にくれる思いであった。しかし何はともあれ経済復興をして、着る物、食べる物、住む家を確保しなければならないということで、国民は懸命に働いたのであった。そして徐々に復興してきた。
 もちろんそれには、アメリカはじめ連合国の物心両面にわたる指導援助が、非常に大きな力になったことはいうまでもない。しかし同時に、日本国民も片手で食糧を求め、片手でハンマーをとって、日本再建に真剣にとりくんだわけである。
 その後いろいろと紆余曲折はあったものの、世界諸国との貿易もすすみ、経済面は非常なスピードで復興発展をとげてきた。今日、世界の人びとは、日本を“経済大国”とさえ呼ぶようになってきた。GNPも自由主義世界では、アメリカに次いで第二位だという。もっともこのところ日本は、世界的不況の影響もあって、経済的には苦境のなかにあり、今後はこれまでと同じような経済発展はむずかしいといわれている。
 けれども、日本はもはや世界経済の重要な一端をになっており、世界のほとんどの国々と貿易などを通じて密接につながるようになってきた。それだけに日本と日本人の考え方なり活動というものが、良きにつけ悪しきにつけ、周辺の国々なり関係諸国、ひいては世界全体に大きな影響をもつようになってきた。また、多くの日本人が海外へ行くようになり、諸外国の人びとと直接に接する機会も非常にふえてきた。
 そういうことから、世界の人びとからも、日本と日本人に対する興味と関心が寄せられ、どうして短時日のあいだに急速な経済発展ができたのかとか、日本企業の海外進出のやり方や、海外でたびたび不祥事件を起こしている過激派はじめ日本人のものの考え方やふるまいに対して、いろいろな質問や要望が出てきた。
 また近年、東南アジアのいくつかの国々では、反日デモがあったり、商社や企業、あるいは旅行者の行動に対する批判があったりして、一部に日本と日本人への反感が高まっているともいわれている。
 もちろんこれらの批判や要望のなかには、お互い日本人として率直に反省し、改めていかなければならないものも決して少なくない。火のないところに煙は立たないというように、やはり日本人の海外進出なり外国人との交流のある面には、相手国の人びとをして反感をもたしめる何かがあると考えねばならないだろう。
 一言にしていうならば、やはり一部の日本人の行動、立居ふるまいに謙虚な心もちが欠けているのではないだろうか。また奉仕の心もうすいのではないかと思われる。結局、その国の利益にならないこと、感情を害すること、不遜で非常識な態度をとること、これらはすべて排撃されるわけである。その点は政府としても、企業としても、また日本人一人ひとりとしても、大いに反省しなければならない。
 しかし、それとともに、これらの対日感情のなかには、一面、日本と日本人というものが誤解され、ゆがんだ形で受けとられているがための批判、反発も決して少なくないと思う。
 先述のように、日本という国は、いわゆる資源なき工業国として、今後ともに世界の諸国との密接なつながりのなかで生きていかなければならない。そういう背景をもちながら、世界の諸国から、いたずらに警戒心をもって迎えられたり、あるいは理由もなく嫌われたりするというのでは、これからの日本のあゆむべき方向を確立する上からも、非常なマイナスである。
 そういうことを考えてみると、世界の人びとに対し、日本人お互いが、これまでの行き方を大いに反省しつつも、誤解があれば誤解をといてもらえるように、日本のありのままの姿を紹介し、また日本と日本人の考え方を正しく伝えていくことが必要であろう。それはお互い日本人としての一つの大きな責任だと思う。
 けれども、そのためにもまず大事なことは、お互い日本人が、この国日本と日本人自身というものの特性なり背景というものを、自らしっかり把握することではないだろうか。そしてその上に立って、本格化しつつある国際化時代に処する道を、ともどもに真剣に考え合うことであろう。

これからの若者に期待する

 国際化時代ということは、一国一民族という垣根をはなれて、多くの国、多くの民族、あるいは多くの言語や習慣のちがう人びとと交わり、共同作業をすることが多くなる時代だと思う。そのときにもっとも大事なのは、世界人類がともどもにもっている人間としての本質とともに、国や民族、あるいは時代によってちがっている面というものを、正しく見つめ、理解し、これを生かし合っていくことであろう。
 つまり日本人であるならば、日本なり日本人としての特質というものを正しく理解し、これを正しく他の国々の人に伝えつつ、共同の幸せを求めていくことがたいせつだと思うのである。
 もちろん、国際化時代には、他国から学ぶものも、いっそう多くなるだろう。その点は、謙虚に学び、素直に吸収していかなければならない。新しい知識、新しい技術を、人類共有の財産としてともどもに生かし合うところに、人間の進歩があり発展があるからである。しかし、国際化時代においては、大いに学び、吸収するだけであってはならない。日本からも諸外国に積極的に伝え、これを参考にしてもらうものがなければならないと思う。それは経済的なものだけでなく、伝統とか文化とか、ものの考え方とか、そういった物心両面にわたって考えられるのではないだろうか。
 つまり国際化時代は、世界人類が、ともに教え、ともに学び、それぞれの知恵と体験を生かし合っていく時代なのである。それだけに、お互い日本人は、世界全体を見つめるとともに、まず自分自身なり、自分たちの国家社会そのものを、しっかりと把握しておくことが先決であるといえよう。
 そのことは、もちろん日本人全体が考え、また実践しなければならないことであるが、私はとくに日本の青年諸君に訴えたいと思う。つまり次代を背負って立つ世代、本格的な国際化時代のなかで活躍しなければならない世代、そういう若い人びとに、その点の理解を十分に深めていただきたいと切望するのである。
 もとより私は学者ではない。評論家でもない。一経済人、実業人として長年過ごしてきたものである。したがって、国際化時代をどう生きるかとか、日本なり日本人について論評するなどというのは、ほんとうはおこがましいことである。けれども、日本を愛し、日本の現在と将来を憂うる一日本人として、私なりに日ごろ考え、感じていることはいろいろある。そういったことの一端をまとめてみることも、お読みいただける方に、何らかのご参考になるかもしれない。そう思って、菲才をもかえりみずに、筆をとった次第である。 したがって、そこには筋道があまり論理的でないとか、ひとりよがりの面も少なくないと思う。しかし私なりに、自分の考えを率直に申しあげようと心がけたつもりである。本書が国際化時代を生きる若者たちに、あるいは、日本の伝統なり戦後の日本の歩み、さらにはこれからの日本と世界の歩むべき道について、まじめに考えようとしている人びとに、いささかなりともお役に立つならば、まことに幸いである。

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