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遺論・繁栄の哲学
目次
発刊にあたって | 1 | |
第一章 | いま政治に大切なこと | 17 |
・国是が忘れられている | 18 | |
国是は国家経営の基本方針/国民共通の基盤が必要/対立のみで調和のない姿/国是としての条件は何か/国是が備えるべき三原則/お互い真剣に考えよう | ||
・政治に生産性を | 29 | |
安くてよい政治を求める/生産性が高いのが民主主義政治/企業の生産性は死活問題/本格的な政治研究所をつくろう/香港と台湾の政治に学ぶもの/戦前のほうが能率的な政治/政治の生産性を高めたい二、三の例/対立と調和で繁栄の政治を | ||
・これからの政治に望むもの | 42 | |
政府のあり方の基本は/自由の尊重が繁栄を生む/今日のわが国の実情はどうか/けじめをつけなければならない/政府は何をなすべきか/政府の責任と国民の責任 | ||
・期待される国会議員像 | 55 | |
よき議員あっての国会/議員としての第一の要件は/重大な責任を担う/第二の要件は識見と実行力/国会は言論の場である/たとえ歴史は浅くとも | ||
・だれが総理大臣になろうとも | 69 | |
聖職中の聖職である総理大臣/ケネディ大統領の信念に学ぼう/啓蒙者的な識見をもつこと/総理大臣は軍師ではなく大将である/生命をかけるほどの責任感/政治家を敬いこれに協力しよう | ||
・政党はいかにあるべきか | 82 | |
なぜ政党をとりあげるか/政党は利益団体ではない/一段高い視野に立って/党利党略にとらわれず/国会議員は一人一党が原則/今日のわが国の現状/なぜ単独審議になるのか/自主性尊重の姿こそ | ||
・政治の理念・欲望を満たす政治 | 96 | |
国家盛衰のカギを握る政治/まず政治の理念を確立すること/人間の欲望を適切に満たす政治/自由と秩序と生成発展の姿/職種が増え万人がところを得る政治/もし世界が開放政治体制になれば | ||
第二章 | 美しい国土と地方の活力 | 109 |
・観光立国の弁 | 110 | |
素晴らしきかなニッポン/観光予算の見とおし/世界平和は観光より | ||
・“廃県置州”で新たな繁栄を | 120 | |
八十年間そのままの府県制/国内政治の主体を州におく/高まる国民活動の生産性/命をかける思いで実行を | ||
・過密過疎のない国土に | 129 | |
過疎に悩む諸県/一方では過密の弊害/政府は抜本的対策を/過疎地域に工場建設を | ||
・続・廃県置州論 | 137 | |
議論は非常に盛んだが‥‥‥/北海道で感じたこと/創意工夫を生むもの/独立国の心意気で/あすでは遅すぎる | ||
・三たび道州制論??廃県置州から置州簡県へ | 146 | |
道州制についての疑問/大を小に分ける方向で/中央政府と州と府県と/繁栄に結びつく置州簡県/今や実行すべきとき | ||
第三章 | 教育はいかにあるべきか | 157 |
・バランスのとれた教育を | 158 | |
教育なくして人間はない/西ドイツの教育について/何のために大学へ行くのか/教育と民度や経済とのバランス/義務教育をみっちりやった上で/畳の上の水練では泳げない/人間の心そのものを育てる | ||
・まず人間自身を育てる教育を | 172 | |
普及率は世界一だが‥‥‥/何のための教育か/国家試験で卒業資格を/一人一人が関心を | ||
・道徳は実利に結びつく | 181 | |
衣食足りて礼節ますます乱る/道徳なきところに戦争が起こる/道徳の基本精神は世界人類共通/道徳は社会活動いっさいの基盤/道徳は実利実益を生むもの/国を愛することが自分を愛する道/全教育の半分の力を道徳の教育に | ||
・“人間”を基盤にした教育改革を | 196 | |
“万差億別”の教育を/人間そのものを育てる/適度の“国民教育”も/高等教育過多の弊害/将校ばかり育てても‥‥‥/教育府の独立を | ||
第四章 | 繁栄のための税制改革 | 211 |
・健全財政の考え方 | 212 | |
国庫の収支の調整について/殿様政治と均衡予算/わが国の税制は非常時の税制/弾力的な国家経営を/公債発行は物価を下げる/税率三分の一、納税者十分の一 | ||
・繁栄のための税制を | 224 | |
なぜ税金を納めるか/脱税が口にされる世相/世界一税金の重い国/税制上の不合理な点/繁栄の税制とは何か/商売の原則に立つこと/税金適正化の二つの提案 | ||
・活動意欲を高める税制を | 238 | |
アメリカの予算は日本の十二倍/問題は主として個人所得税に/すべての団体に“人頭税”を/“一石三鳥”の大きな効果 | ||
・国民の心情に即した税制を | 247 | |
もっともな総評の「税金酷書」/いろいろの弊害を生む重税/早急に大幅減税の実施を/東京大学を廃止すれば/従来のやり方にとらわれず | ||
第五章 | 日本の夢を描く | 257 |
・国の総合力を高めよう | 258 | |
重要度増す今後の外交/基本方針の確立が第一/実力相応の外交活動/総合力は高いほどよい/居ながらの外交を/国論の統一が先決/バランスある総合力の高揚 | ||
・美しい日本への決意を | 268 | |
自然を守るために/瀬戸内海をつくったら/まず国民が決意を/やればできる | ||
・精神大国への道を | 279 | |
日本が進むべき道は/人間の本性を考えつつ/物心一如の真の繁栄を/世界に範を示そう | ||
・新たな国土の創成を | 289 | |
いま必要な確固たる方針/食糧危機がやってくる/有効国土を倍増しよう/自然環境と新しい国土の融和 | ||
・日本を税金の要らない国に | 297 | |
無税国家の実現は可能か/無税国家から収益分配国家へ/三十年後には税金を半分に/必要な行政の根本的改革 |
まえがき
発刊にあたって
今日、政治の混迷が叫ばれているが、これはなにも平成不況から起こっていることではない。またここ十年、二十年の間に起こってきたことでもない。第二次大戦後の混沌とした時代からその根があり、それはますます深く広く伸びてきているのである。そういう意味で、今日の混迷は深刻だと言わざるを得ないであろう。
松下幸之助はそのことを察知し、“このままではいけない”という警告を三十年、四十年も前から、さまざまなかたちで、さまざまな媒体を通じて、同時代の人々に発してきた。しかし、政治家をはじめ各界のリーダーは、国家の制度やシステムに表れてきていた問題を正すことを放置してきた。いや、少なくとも積極的ではなかった。松下をはじめ心ある人々の“このままでは将来、日本は立ち行かなくなる”という警告をなおざりに聞いていた。総論賛成、各論反対というように、わがこととなると腰が引けていたのである。この「消極」の積み重ねが今日の混迷をもたらしているといえよう。
総論賛成、各論反対、趣旨には賛成するがいざ自分のこととなると反対するという日本のリーダーといわれる人たちの態度は、松下のもとで仕事をしている中でたびたび痛感させられたことであった。つまり、松下の提案、考えを持って幾人もの人を訪ね意見を求めたとき、すべての人といっていいくらい、「そうですか。そのとおりです。何とかしなければなりませんね」と言って賛成をされた。しかし、「この提案を実現するために協力していただけますか」と尋ねたとき、「いや自分は‥‥‥」と、何かと理由をつけて一歩を踏み出されない方が多かった。それは、特に大正の世代、あるいは昭和一桁世代のリーダーの方に多かった。頭では分かっていながら、その改善改革のために勇気を持って一歩を踏み出さなかった大正、昭和生まれのリーダーの責任は非常に大きなものがあるように思う。
今、日本は、政治経済ばかりか、教育においても、社会においても、常識での理解を超えるような事件が次々と起こってきている。日本人は大きな壁にぶつかっていながら、その痛さを感じないほど鈍感になってしまっているのであろうか。
松下幸之助やその同世代の人たちは、幾たびも戦争に直面し、死を意識してきたために、社会の混迷、あるいは国家の方針の間違いが国民を苦難に陥れるということを身にしみて感じていた。だから、神経質なまでの危機感を持ちあわせていた。しかし、大正、昭和一桁生まれの二代目のリーダーの人たちは、いかにも凡庸で、危機感を持たざるリーダーになってしまっている。
現在の危機的状況を考えるとき、現状を手直しするといった小手先の発想で改革が出来るものではない。すべてを白紙に戻して、抜本的、根本的に、まさに現状を根底から覆し、“今何をなすべきか”“何が正しいか”という視点から新たな制度やシステムを創造しなければならないところまで来ている。敗戦後GHQ(連合軍総司令部)がなしたように、乾坤一擲、革命に近い改革を為し遂げなければならない時期に来ているのである。
もはや大正、昭和一桁世代のリーダーに日本の将来を託すべきではない。むしろ昭和十年代、二十年代、いやそれ以降の若いリーダーに期待をしなければならない。そうした若いリーダーたちが、これまでのしがらみにとらわれることなく思い切った改革をしていかなければ、日本は間違いなく行き詰まり、崩れ去っていくであろう。昭和二桁世代の三代目の若いリーダーたちがしっかりするかしないかで日本の前途は決まるのである。「貸し家と唐様で書く三代目」という川柳があるが、こうなってしまってはならない。
私は、いわば三代目というべき多くの政治家や経営者の方々とつきあってきて、これまでのリーダーにはない柔軟性と活力を感じている。きっと彼らが私利私欲にとらわれず、なすべきことを力強く実行してくれることであろう。そのときこそ、松下幸之助の考えた国のありよう、あるべき姿というものが、新しい国家を創る上でヒントや参考になるに違いない。
本書に収録した論文は、主として『PHP』に昭和四十年二月号より四十六年五月号まで連載された「あたらしい日本・日本の繁栄譜」、及び『Voice』に昭和五十三年一月号より五十八年十二月号まで連載された「21世紀をめざして」から採っている。松下の年齢でいえばちょうど七十歳より八十八歳までにあたる。この時期、松下は日本の将来に危機意識を持ちさまざまな警鐘を鳴らし、提言を重ねていた。そして、時を経るに従い、その危機感のトーンは厳しくなっていった。昭和五十四年、二十一世紀のリーダーを育てるために松下政経塾を創ったのも、同五十八年、研究提言機構「世界を考える京都座会」を創ったのも、同じ思いからであった。
第一章では、国是と政治の生産性、そして政治家への具体的な提言を取り上げている。
松下は、政治を「統治(ガバメント)」ではなく「経営(マネジメント)」と捉えていたが、そこで一番必要になるのは国家の基本方針であった。日本丸がどこへいこうとしているのかを明確にすることがまず大切だというのである。また、政治の生産性という言葉を使い、企業では懸命に生産性を上げるための研究をしているのに、国家の経営ではそのことが疎かにされ、政治行政のロスが国民生活に大きなムダをもたらしている、政府も政党ももっと「より安い費用でよりよい政治を行う研究」をしなければならない、と訴えていた。
第二章では、道州制、地域主権の問題を主として取り上げている。
松下は、「人間というものは無限の能力を持っている。しかし、その能力も発揮できるような環境におかれなければ、なかなか発揮できるものではない」と考えていた。事業経営の中で、事業部長に権限と責任を委譲する事業部制を日本で初めて実施したのも、このような考え方からであるが、道州制も同じところから出ているといえよう。
第三章では、教育への提言を取り上げている。
松下は、教育の根本的な目的は、「お互い人類の繁栄、平和、幸福を高めていくために、心身ともに健全な人間を育成するところにある」と考えていたが、そのために、道徳教育とそれぞれの個性に従った「万差億別の教育」を訴えていた。みずから主宰する「世界を考える京都座会」から「学校教育活性化のための七つの提言」を発表し、規範教育と教育の自由化を提唱した真意も、このようなところにあった。
第四章では、主として税金の問題を取り上げている。
松下は、八十九歳のとき十六年ぶりに納税者番付一位に返り咲いたが、そのとき、「徳川時代であれば一揆が起こっている」という厳しい税金に対する批判の談話を発表したことがある。松下には、日本は本来安い費用で政治が出来る国だという認識があった。それは、他国と比べて、国土も狭く人口も多い。だから働き手も多いし、鉄道や道路をつくるにしても大きい国と比べれば簡単である。さらに、ほとんど同じ民族で同じような習慣や価値観を持った人種で構成されていて、あらゆる面で同意が取りやすい。だから、他国よりも低率の税金でよりよい政治が出来るはずだというのであった。そして、まずこのような発想で政治に取り組まなければならない、高い税金を取り不十分な政治を行うということは、企業で言えば粗悪品を高く売りつけるようなものだ、と訴えていた。この考え方が「無税国家構想」につながっていったのである。
第五章では、松下が考えていた日本の将来への夢、目標といったことを取り上げている。松下は、企業でも国家でも、ビジョンや目標を持つことの大切さを訴えていたが、ここでなされている提案は松下の日本に対する将来ビジョンといえるものである。国家の夢やビジョン、それが今日の日本にあるのだろうか。
この書の題名を『遺論・繁栄の哲学』としたが、生前松下が「遺論」としたわけではない。だが、松下の国を思う切なる気持ちから出たさまざまな提言は、混迷の現代を生きるわれわれへのいわば「遺言」のようにも思えるのである。二十一世紀をよりよい世紀とするためのヒントとして、また問題の根源を今一度考え直す資料として本書をお読みいただければ幸いである。
平成十一年三月二十七日
PHP総合研究所
副社長 江口克彦