LINEなどメッセージアプリの参入により、熾烈な競争を繰り広げつつ、ますます進化し続ける電気通信事業――。松下幸之助が生きた時代の最新の情報伝達手段といえば、固定電話でした。

2014.6.25更新

 

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 「オイ、えらいこっちゃぞ、電話で注文がきたぞ」。創業初期の大正9年、ようやく架設された電話の第一鈴の注文を聞いて喜んだ松下幸之助の声です。その頃は、多数に一斉送信できるEメールなどあるはずもなく、最新の情報伝達手段といえば、普及が急速に進みつつあった固定電話でした。電話があるかないかが「店なり工場なりのある程度信用の尺度ともなっていた」時代であり、松下も自社工場に電話を設置できたとき、「これでまったく一人前の工場になった」と思って、電話開設の広告葉書を「威勢よく各取引先へ発送」したといいます。その電話の経営効果について、松下はこう記しています。

 

 私が町工場をやっている時分に、電話が引けたのです。それで、それまで仕入先にとんでいったりしていたのが、もう電話ですむようになった、非常に便利になった、ということでよろこんだのです。  そこで私は考えました。電話が引けたために人ひとりは省けるはずだ。たんに便利がよくなったというだけではいけない。電話一本引くことによって設備費が五百円かかったとすれば、それを活用してそれ以上の利益を上げなければいけない。そうでなければ電話の価値がない、ということを、私はその時考えたのです。電話が引けて便利だからいっぱい注文しようかといって、うどんをとって食べていたのではなんにもならないわけです。そうなると、便利なものがかえって経費を多くするということになってしまいます。極端にいうと、そんなことも考えてやったわけです。電話が三本引けたらいままで以上に利益が上がる、五本になればさらに利益が上がってくる、すべて私はこうなると思うのです。(中略)

 こういう見方で、ものごとを地についてやっていったら、いろいろな点で能率が上がると思うのです。新しい機械を入れる、新しい装置をとりつける、乗り物も便利になった、というふうになれば、無限に利潤と申しますか、そういうものが出てくるわけです。世の中が進めば進むほど賃金が上がって物価が下がっていく。こういうことが原則だと思うのです。ところが、そういう便利なものができ、世の中は進歩しているのに、物価は上がっていく。賃金も上がってはいくが、そう大きな差はないという状態は、機械なり設備なりを効率的に使うことを怠っているからではないかと思うのです。そういうところから、税金も下がらないということになろうかと思うのです。私は、われわれの経営体においても、そういうことがさらに要求される時代が来るだろうと思います。また政治の機構においても、そういうことが考えられるのではないかと思うのです。

(『一日本人としての私のねがい』より)

 

 電話一つから経営、さらに政治・経済にまで発想を拡げていくところに松下らしさが感じられます。Eメールやソーシャル・メディアが一般に普及した現代に松下が生きたなら、どんな使い方をし、どのような話をしたのか……、たいへん興味深いところですが、ともあれ、当時の“最新武器”である電話を自らの仕事において最大限活用していたことは間違いありません。会議中に商品について気になる問題を耳にするや否や、その管轄の事業部長に電話する。いなければその下の担当責任者の声を聞こうとする。また、仕事を終えて、夜になっても、気になることが発生すれば、秘書や部下に電話をして確認する。それはせっかちな性分が幾分あったとしても、やはり仕事への真剣さ、熱心さがなせる業だったといえるでしょう。他にも様々な「電話」の逸話が残されており、ときには、ある従業員の電話応対に感心したことを例にあげて企業発展のポイントを説いたこともありました。

 

 ある事業部長に用事がありまして、電話をかけたのであります。そうしたら事業部長がおらずして、代わりの人が出てきた。「事業部長さんは留守ですか」「事業部長は今ちょっと旅行しております。二、三日で帰りますが……」急ぐ用事でもないから、またそのときに電話をしようということで切ろうとしたのです。そのときにその人は、「ちょっと待ってください。連絡がつかないことはございません。連絡をつけましょう」「簡単に連絡がつくかね」「はい」「それやったら、きょう晩にぼくに電話してくれ」こういうことを言うといたのであります。そうしたら事業部長から電話がかかってきたわけですね。「きみ、今、どこにおるねん」「今長野県におります」「何をしておるねん」「ショップ店を回っております」「ああそうか。今年の状況はどうかね」と尋ねたら、「こうこうです」と言う。それでよく分かったのであります。

 これは一つの例でありますが、そのときに代わりに出た人が、「それは急ぐ用事でないから、帰ったら電話してもらってくれ」「そんならそうします」ということで切ったらそのままであります。それをその人はキャッチしたわけです。「連絡つきますから、連絡いたしましょう」こう言うてくれたから、「それならそうしてくれ」と言うた。だからその晩に話がついたのであります。

 何でもないようでありますけれども、留守中に電話がかかってきた場合に、留守の人がそういう心がまえをもっておると、仕事がスーッと運んでいく。その人がそういうふうに、ぼくが切ろうとしておると、「ちょっと待ってください。連絡できんことはございません。だいたい旅行先が分かっておりますから」こう言うた。ずっと各県を回っておりますから、どこか分からないと私は思ったのですけれど、「連絡がついたら晩に」ということであったのであります。そういうふうな部下の働きということが非常に大事な問題だと思います。われわれは何か事があればそれをキャッチして、進めていけることであれば進めていくということを、常に心がまえとしてもっていなければならない。そういうことを非常に敏捷にやる会社と敏捷にやらない会社では、たいへんな違いやと思います。事あるたびに部長が、こういう場合にそういうふうに自分に電話してくれということを常に言うて聞かして、そしてしつけをしておかないといかん。しつけがないとそういうことはできません。こういうことは何でもないようですが、結局、会社を発展させるかさせないかの一つのポイントやと思います。

(『松下幸之助発言集26』より)

 

 ちなみにこの講話は、松下が自社の経営幹部に向けて話したものの一部です。続けて、週休二日制の定着や事業部制の真意など大所高所の話をしていくのですが、電話応対のような日常の仕事面での、微に入り細にわたった指導も松下は怠らなかったのです。しかもそれらはたいてい、実体験に基づいて語られましたから、的を射たものとして、聞く人の心に響いたにちがいありません。

 翻って、現代の企業では、松下が生きた時代とは違い、携帯電話やEメールの普及によって、固定電話を使用する機会が格段に減りました。ですから、上掲の松下の話をそのままいまの仕事に生かすことは難しいのかもしれません。けれども、いまも固定電話が企業の信用を高める重要ツールであることに変わりありません。多くの企業が新入社員を受け入れ、実地教育に力を注ぐこの時期。現場のリーダーは、教えなければならないことが山ほどあるはずですが、電話応対というものが、人材育成の観点だけでなく、ブランド力維持の観点、さらには企業発展の観点からもけっして疎かにしてはならないことを強く自覚する必要があるのではないでしょうか。

※次月も「松下幸之助と電話」〈PART2〉と題し、松下の電話に関わるエピソードをご紹介する予定です。

PHP研究所経営理念研究本部

 

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