発想法

自分の金やったらかなわんけれど......――繁栄への発想〈11〉

 幸之助が独立してまだまもないころ、税金は、大きな事業をやっているところは税務署のほうから調査に来るが、小さなところは申告者を信用して、その申告した金額に応じて納めるというよう

発想法

女性も入れよう――繁栄への発想〈10〉

 幸之助が私財七十億円を投じて神奈川県茅ヶ崎に「松下政経塾」をつくったのは、昭和五十四年六月のことであった。  設立を前に、ある新聞社の女性記者がインタビューをして、「女性は

発想法

画期的な販売法――繁栄への発想〈9〉

 幸之助は幼いころ自転車店で奉公していた関係もあって、独立してからのち、常々何か自転車用品をつくってみたいと思っていたが、夜間、自転車を走らせていると、ロウソクや灯油のランプの

発想法

京都の値打ち――繁栄への発想〈8〉

 昭和三十七年、幸之助が京都市長と会ったときのことである。    「市長さん、あなたは世界中でどこの町が一番いいと思いますか」  「さて、どこだろうな。スイスの

発想法

二十八歳の技師長――繁栄への発想〈7〉

 昭和二十六年の一月から四月まで、幸之助は初めてアメリカに渡り、滞在した。そのとき、ある会社の機械工場を訪ね、四、五十歳くらいの三人の技師たちと話しあう機会を得た。いろいろと話

発想法

モーターは無限に伸びる――繁栄への発想〈6〉

 昭和九年十一月、松下電器は新しい事業分野である小型モーターの生産販売を開始した。  当時のモーター業界は、第一次世界大戦で急速に伸び、昭和四、五年の不況でいっそう地盤を固め

発想法

まず国内を満たしてから――繁栄への発想〈5〉

 第二次世界大戦後六年たった昭和二十六年秋、幸之助はヨーロッパを訪ね、ドイツのハンブルクのホテルで宿泊した。崩れた建物がそのままになっているなど、街には戦後の匂いがまだ相当に残

発想法

世間が待ってくれるか――繁栄への発想〈4〉

 ある事業部の経営がなかなかうまくいかず、事業部長が交代して立て直しをはかることになった。新任の事業部長は幸之助に、「いろいろ実態を調べましたが、これは必ずよくなります。だから

発想法

雨が降ったら......――繁栄への発想〈3〉

 幸之助が会長になってまもないころ、ある新聞記者が取材に訪れて、こう質問した。  「松下さん、あなたの会社は急速な発展を遂げてこられましたが、どういうわけでそうなったのか、そ

発想法

まず願うこと――繁栄への発想〈2〉

 “川にダムがなければ、少し天候が狂っただけで、洪水になったり、干ばつになったりする。しかしダムをつくれば、せきとめ溜めた水をいつでも有効に使うことができる。それは

発想法

ぼくは婦人を解放した――繁栄への発想〈1〉

 昭和三十六年ごろから、松下電器は海外からの賓客を迎えることが目立って多くなった。ソ連のミコヤン第一副首相もその一人である。  そのとき、幸之助とのあいだでこんなやりとりがあ

  • 1