人材育成

ウルトラCのトースター――人を見る眼〈11〉

 バイメタル方式の自動トースターが開発されたときのことである。開発にあたった技術者二人が、試作品を持って本社の製品審査室に赴いた。審査室は新製品を検査する部署であるが、二人が廊

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六割は気に入らんけれども――人を見る眼〈10〉

 「きみのとこ今、部下何人おるのや」  幸之助が、ある課長に言った。    「主任が三人おります」  「その三人は、きみの言うことをよく聞いてくれるか」  

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光秀になるなよ、秀吉を見習え――人を見る眼〈9〉

 ある社員が、二人の上司のうち、信頼し慕っていたほうの上司に転勤命令が出たことに抗議するため、同志とはかって辞職願いを出した。大決心ではあったが、本心ではやめたくはなく、結局幸

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電話での教育――人を見る眼〈8〉

 ある若い社員が、灯器の工場長に任命された。赴任してから二週間のあいだ、毎日、朝夕二回、ときには夜中に自宅へ、幸之助から電話があった。  「きょう従業員はどうや、みんなで何人

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きみならできる!――人を見る眼〈7〉

 昭和二年、松下電器が初めてアイロンの開発を手がけたときのことである。幸之助は若い技術者を呼んで言った。  「今、アイロンというものを二、三の会社がつくっているが、使って

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文句の多い職人――人を見る眼〈6〉

 関東大震災のあった大正十二年もまもなく終わろうとしているころであった。幸之助が工場の鍛冶場に入っていくと、見なれぬ小柄な若い職人が旋盤を使っている。どこの人かと思って尋ねると

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徹すれば神通力が――人を見る眼〈5〉

 昭和三十五、六年のこと。当時の冷蔵庫の販売は、各メーカーが十月にその年の新製品をいっせいに発表、その展示会をディーラーが見てまわって注文するというかたちで行なわれていた。した

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授業料出してんか――人を見る眼〈4〉

 昭和八年七月、松下電器門真本店竣工。次いで九月、第十一、十二工場完成。来賓を招待し、三日間にわたって披露をすることになった。  新工場群の一隅に、柔・剣道の道場として尚武館

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おまえまでが......――人を見る眼〈3〉

 松下電器の社員が五十名くらいになっていた、夏の暑い日であった。その日のうちに、どうしても仕上げてしまわなければならない仕事があって、五、六人の社員が幸之助から残業を命じられて

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一度目は経験、二度目は失敗――人を見る眼〈2〉

 昭和三十年ごろのこと、競争の激化によって、電機業界は非常に混乱していた。松下電器の代理店のなかにも倒産するところが出て、被害総額は数百万円にものぼった。    

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役に立たない人はおらん!――人を見る眼〈1〉

 昭和三十年代の前半、あちこちに事業所が増えつつあった松下電器の急成長時代のことである。ある営業所長が、幸之助に、自分のところは新しい職場で、いろいろなところから人をまわしても

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