熱中症の危険が他人事ではない、誰もがそう思うほどの猛暑が続いています。(2013年8月25日時点)

 自己の「健康」にいっそうの配慮が必要です。

 松下幸之助は生来虚弱の体質だったこともあり、「健康」は常に、やむを得ない関心事でした。そして「弱い人は弱いままで健康である」という独自の健康観をもつに至ります。

(2013.8.25更新)

 

詳細

 松下幸之助は昭和21年に弊PHP研究所を創設し、研究活動をはじめました。そしてPHP(Peace and Happiness thorough prosperity)を実現するための基本的な考え方を順次まとめていき、「PHPのことば」として世に提唱しました。そのなかには「健康の原理」という項目も設けられ、以下のような見解が示されています。(のちに『松下幸之助の哲学』に収録)

 

・人はみな本来健康なものであります。病気は、自然の理法にたがうところから起こってまいります。

・健康を保つ方法は人によって異なります。人おのおのに与えられた資性に従って生活の道を守れば、弱い人は弱い人なりに健康を楽しむことができます。

・お互いに自然の理法を知ることに努め、自分の強さに応じた生活を営まなければなりません。それによって健康が保たれ、繁栄の道がひらかれます。

 

 補足すると、幸之助の考える「健康」とは必ずしも頑強を意味するものではありませんでした。頑強なままで健康な人もいれば、いわゆる蒲柳の質のままで健康な人もいる。強い人は強いまま、弱い人は弱いままで健康に生きることができるはずだ。そう考えたのです。さらに、健康自体は人生の目的ではないが、それが人間の幸福を左右する大きな力を持っていることは疑いようもなく、だからこそ自分の資質の強弱に柔順な生活態度をとり、自らに与えられた天分を生かすべきだと説いたのです。

 

 そして松下は、生来虚弱な体質であったにもかかわらず、94歳の天寿をまっとうすることになりました。「弱い人は弱いままで健康である」という持論を自らの人生で証明したのです。その松下の健康についての発言をつぶさにみていくと、肉体と精神・心の関わりによく注目していたことがわかります。

 

 常日頃から、生命力の根源としての大自然を仰ぎ、そのつながりを認識して、深い感謝を捧げることが大切であると思うのであります。そして平生から自然の理法を知り、大自然とのつながりを感謝しつつ生活してゆくならば、健康は保持され、病気にも侵されることが少なくなってゆくと思うのであります。

(『松下幸之助の哲学』より)

 

 自分は生かされている。大自然とつながっている。その恩恵を日常の生活のなかで思い知ることで、人間は喜びを感じ、安らぎを得、肉体の健康を保持することができる。つまり人間の肉体と精神は一如のものであるという考え方が、松下の哲学の根底にはあったのです。そのうえで、精神や心の健康を保つための方法についても、以下のように述べています。

 

 “素直な心になりましょう”というのが、私のモットーの一つであるが、何事に対しても素直な心で対処できるのが、心の健康な状態であって、私心にとらわれるというか、とらわれた心で物事を処してゆくというのが、心の健康を害した状態ではないかと思う。今日の世相をみていると、一面まことに心寒いものがある。これはみなさんも同じように感じておられるのではないかと思うのだが、いわゆる新聞の三面記事に報道されているいろいろな事件をみていると、どうしてお互いにもう少し素直な心になれないのかと思われてならないのである。

 

お互いに素直な心で接すればうまくゆくものを、自分のことばかりにとらわれた心で事を処してゆくために、かえって気まずい思いをしたり、相手をきずつけたりしている。このような心の病気、これを発見するのはなかなかむずかしいということは、みなさんも同意してくださると思う。ましてやそれを早期に発見するということは並み大抵のことではなかろう。“人のふり見て、わがふり直せ”ということわざがあるが、人の欠点には気がついても、自分の欠点にはなかなか気がつかないのが人間のつねなのかも知れない。しかし、やはり、もっとこの点を考えなければならないと思う。

 

各人各人が、その日その日の自分の言動をふりかえり、そこにやましいところはないかと考える。そして“仰いで天に愧じず”というものであったかどうかということをつねに反省する必要があろうと思う。つねに反省して早く心の病気を発見する、このように少しでも多くの人が心がければ世の中はもっと明るくなってこよう。そしてお互いの繁栄、平和、幸福というものもそこに招来されてくるであろう。

(『その心意気やよし』より)

 

 日々の反省と素直な心の涵養により、心の病気の早期発見ができるようになる。その効用として、世の中全体が明るくなり、ひいてはPHPの実現も招来されると考えたわけです。ちなみに松下は人間の心身の病と同様に、経営体においても病気の早期発見が大切だとしばしば述べています。昭和32年10月、世間からすれば、松下電器が「健康体」にみえた頃のことです。当時の経営環境の変化に対する社員の危機感の希薄さを察知し、こう説きました。

 

 「事がおこって、数字にいろいろなものがあらわれてきて、それからあわてて対策を講じても、それはもうすでに遅いのだ。早期診断が必要である。まだどこも体が悪くないときでも、名医は顔色とかちょっとした兆候を見て、あなたはどこどこが悪いから注意しなさいといって治療する。そうすると、ほとんど健康体の状態において、根治することができる。そういう名医でなければならない。(中略)4カ月前に(対策を講ぜよと)私がみなさんに話したときには、みなさんはおそらく、社長がまた一つの警告を発しているというくらいに受けとって、そのままにしておられたと思う。ぜんぶがぜんぶそうであったわけではないが、全体を通じてそういう傾向があった。こういう姿は改めなければならない。今からでも遅くはない。多少は病根がはびこっていると思うが、まだ治療できる。けれども、今日なおそれを正しく認識せずに、まあ大丈夫だろうと考えていたのでは、やがてとり返しがつかなくなってしまう」

(『人を活かす経営』より)

 

 このように健康や病気を喩えに訴えるだけでなく、水道の水、ダム、塩のからさ、雨と傘といった、誰もがイメージしやすい言葉、身近な存在を喩えに経営や人生の要諦をわかりやすく説き明かしたところに幸之助らしさがあるといえるでしょう。

PHP研究所経営理念研究本部

 

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