私の経験から申しますと、うっかり早く成功しては危ないぞ、大器晩成という言葉がありますが、そうすみやかに成功しないほうがいい。しかしあとずさりしてはいけない。一歩一歩、牛歩であっても進んでいかねばならない。そういう道を皆さんがおもちになる、お考えになる。考えにくいことかもしれないけれども、それを考えられる人は立派な人だというような感じがいたします。

『松下幸之助発言集11』(若年層対象の講演・1965)

解説

 「牛歩」のごとく進んでいく。では松下幸之助の歩みはどうだったのでしょうか。他人からすれば波瀾万丈のサクセス・ストーリーにみえるかもしれませんが、幸之助にとっては、「一歩一歩」進んでいったという思いなのでしょう。

 経営においては“無理をしない”ことを信条としました。つねに公明正大であろうと心がけ、坦々と大道を歩むことをよしとしました。松下電器が飛躍的成長を遂げた戦前の昭和初期の頃を回想しても、“松下電器の伸びゆく姿が鉄路を走る列車の正確さをもって進行していくほどの確実さ”を我ながらひしひしと感じていたというふうに表現しています。

 また後年、事業を始めた頃をふり返って、夏の日に夜遅く、仕事を終え、行水をしながら、“ああ、今日も自分はよく頑張ったな”と自分の頭をなでてやりたい気分になったと昔懐かしく語ることがありました。

 “きのうよりきょう、きょうよりあす”と幸之助はいいましたが、今回の言葉で、懸命に仕事をして充実感を味わえる日々を地道に重ねるなかで、きのうの自分より、きょうの自分は一歩でも進化していると実感できる人生を歩むことが大切なのだ、と訴えたかったのではないでしょうか。

学び

いま自分はどんな進み方をしているだろうか。

一歩でも前に進んでいるだろうか。