カンというと、一見非科学的なもののように思われる。しかしカンが働くことはきわめて大事だと思う。指導者は直観的に価値判断のできるカンを養わなくてはいけない。
それでは、そうしたカンはどうしたら持つことができるのか。これはやはり経験を重ね、修練をつむ過程で養われていくものだと思う。昔の剣術の名人は相手の動きをカンで察知し、切っ先三寸で身をかわしたというが、それは、それこそ血のにじむような修行を続けた結果であろう。
そのように指導者としても、経験を積む中で厳しい自己鍛練によって、真実を直観的に見抜く正しいカンというものを養っていかなくてはならない。