幸之助が給料袋に忍ばせ、2万人の社員に贈り続けた98通のリーフレット。仕事と人生を充実させる「成功への金言」を待望の単行本化。

まえがき

発刊にあたって

 昭和二十八年一月から、松下電器(現パナソニック)の社長を退任する昭和三十六年一月まで、松下幸之助は毎月、従業員の給料袋に「リーフレット」を入れ続けました。二色刷りで、文字数は七百字前後。社長からの私信の形をとったものです。時は従業員が倍増し、資本金約三倍、売上高は約五倍に増大していく飛躍の時代。一方で、業績とは裏腹に、直接顔を合わせることも、言葉を交わすことも少なくなった従業員との距離感に、松下は大きな憂いを抱くようになっていました。
 そんななかで、「何とかして会社の理念や自分の思いを皆に知ってもらい、やりがい、生きがいを感じつつ働いてほしい」との願いから、従業員が必ず手にする給料袋にこれを忍ばせることを考えついたのでしょう。
 今でこそ社内メールマガジンといったツールで情報発信する会社は珍しくありませんが、当時そうしたことを積極的に行う経営者は少なかったようです。しかも、すでに社内新聞や通達などによって折々に所信を伝えていた松下が、なおもこのようなことを始めたのは、従業員との一体感と経営理念の浸透こそ経営の根幹であるという強い信念のゆえに違いありません。
 リーフレットで松下は、季節のあいさつとともに、つとめてやさしい表現で、仕事の意義や処世の道、また従業員一人ひとりが有意義な日々を過ごすための心のもちようを語っています。
 全編に通底しているのは、「日に新た」の考え方です。松下は、大自然、大宇宙は絶えず生成発展しているとし、「生成発展とは、日に新たということ。古きものが滅び、新しきものが生まれるということである」と説きます。その限りない生成発展を続ける自然、宇宙の中で事業活動を営んでいるのだという認識に立って、きのうよりきょう、きょうよりあすと、あらゆる面で常に「日に新たな経営」を求め、呼びかけました。リーフレットにしたためられた一見さりげないメッセージにも、そうした考え方が随所にあらわれています。さらに、従業員の日々の仕事や人生においても、過去の発想、これまでのやり方にとらわれることなく、日に新たな視点でものを見、事に処すことがそれぞれの成功につながっていくと堅く信じる松下の姿勢がうかがえます。
 本書は昭和三十八年、松下電器社内向けに『月日とともに』と題して刊行されました。このたびの発刊にあたり、現代的な文字づかいに改めるとともに、必要に応じて注釈や、平易な表現の背後にある松下の思想、哲学について解説を付しています。巻頭には当時のリーフレットの復刻版レプリカを綴じ、巻末に松下幸之助の略年譜も加えました。
 本書を通じ、「日に新たであれ」と訴えた松下の思いを、わずかなりとも感じていただければ幸いです。

二〇一五年七月

PHP研究所 経営理念研究本部


旧版まえがき

 会社が小さくて、従業員の人々の数が少ない頃には、私も一人ひとりの人にお会いできたし、お話もできたのですが、今日のように会社が大きくなってしまうと、私も全部の事業場はとてもまわり切れないし、したがって、私に話しかけていただくどころか、顔も見たことがないという従業員の方々が非常にたくさんになってきました。
 それでは従業員の方々に申しわけないし、私もまたいささか淋しいので、せめて月に一回ぐらいは、親しくお話しするつもりで、私の写真とともに、四季のあいさつを送りたいと考えて始めたのが、このリーフレットでした。
 毎月毎月、ともかくも欠かさず続けてきましたが、それがいつのまにか八年間。月日の経つのは早いものです。
 それで、社長退任を機に、新社長にあとを引きついでいただいたのですが、このたびこれを一本にまとめたいということで、あらためて読み返してみると、月々、私としては別に目新しいことを申してはいなかったつもりですが、それでも八年の歳月がしみじみ思い出されるような、月日のあとがにじみ出ているように思いました。これは私とみなさんの歴史でもあり、また会社と社会の歴史でもあるような気がいたします。
 みなさんにもあらためて読み返していただいて、そこからまた何かを得て、そしてさらに新しい月日の歩みを進めていただくならば、私としても大変幸せです。

昭和三十八年五月五日

松下幸之助

  • 目次

 
発刊にあたって1
旧版まえがき4
Ⅰ 心に青空を
おめでとう16中央研究所ができました28
喜びと誇りを18心を新たにもう三年30
心に青空を20星空の下32
身体を大切に22とらわれない心34
新入社員を迎えて24ものの見方36
平和を喜ぶ26自主性ということ38
Ⅱ 若鮎のように
新しい年42仕事を楽しむ54
よい品をつくろう44自分の目で、自分の頭で56
春を楽しむ46「まさか」はいけない58
一つの考え方48秋を迎えて60
力を合わせて50私たちの責任62
若鮎のように52年の瀬64
Ⅲ 一つの教訓
初春とともに68祭りを楽しむ82
熱心に、そして謙虚に70勉励努力の気風を84
みんなが明るく生きるように72躾が大事です86
新しい内閣と公約74過ちは直ちに改めよう88
ちょっと油をさします76松下電子工業の大運動会90
事に当たって、心を新たに78ご苦労さまでした92
一つの教訓80
Ⅳ 自然に従う
計画は必ず実行しよう96夏の生きがい108
大衆への奉仕を98業界全体の繁栄のために110
新しい人々を迎えて100自然に従う112
製品に関心と誇りを102千里の堤も114
心の成長を図ろう104この佳(よ)き日116
不注意をなくしましょう106いろいろとありがとう118
Ⅴ かばい合う心
よき心がけをもって122かばい合う心134
深い心づかいのもとに124変わらぬ誠実さを136
新しい人々を迎えて126仕事の楽しみ138
貯金の心がけを128努力ということ140
変わらぬ精進を130理解と協力のもとに142
ケジメが大事132年の終わりに144
Ⅵ 二つの心がけ
仕事に「止めを刺す」148暑いなかにも160
私たちへの信頼150苦労と喜び162
二つの心がけ152目標を見定めて164
賢明な心がけ154遊ぶときは遊ぶ166
貯蓄の習慣を156調和の姿を168
職場は分かれても158ご苦労さまでした170
Ⅶ 教え教えられて
この年の自覚174山と仕事186
足もとの一歩一歩から176調和を保って188
全体の調和のうえに178社会への奉仕190
教え教えられて180油断のならない時代192
心配のない暮らしを182当たり前のこと194
若鮎の如く184総決算の「年の暮れ」196
Ⅷ 備えあれば
経営方針とともに200八年ぶりの渡欧212
ウカウカしておれない202心深くとどめて214
備えあれば204一層のサービスを216
職場を大事に206「心配する」という仕事218
休日の裏づけ208適正な給与ということ220
礼節の心がけ210心の総決算222
Ⅸ 社長の職を退くにあたって
長い間、本当にありがとう226
松下幸之助の略年譜228