素直な心をもってお互いが生きていくところから、よりよき共同生活が実現し、一人ひとりの幸せも高められていくと説く。

まえがき

「素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします」
 このことばは、PHP研究所から出されている月刊誌『PHP』に毎号掲げられているものですが、実は私はかねてよりこの素直な心の大切さを感じ、折にふれてくり返し述べてきました。
 なぜ私がそのように素直な心の大切さについて、くり返し述べてきているのかといいますと、私は素直な心というものこそ、お互い人間として最も好ましい生き方をもたらすものではないかと思うからです。つまり、お互い人間は、みなそれぞれに真の繁栄、平和、幸福、すなわち身も心も豊かに、仲良く幸せに暮らしたいと願っていると思います。いいかえれば、よりよき共同生活というものの実現を願いつつ生きているのではないかと思われます。ところが、現実にそういう姿がスムーズに実現されているかというと、必ずしもそうとはいえないように思われます。
 その原因はいろいろあろうかと思いますが、基本的には結局、お互い人間の生き方自体に問題があるのではないでしょうか。つまり、みずからの願いというものを実現させるにふさわしい物の考え方なり心のもち方、さらには態度、行動をあらわしていない、いわば木に登って魚を求めるような姿を一面にくり返している。そういうところに、お互いの願いが必ずしも現実のものとなっていないことの一つの大きな原因がありはしないか、という気がするのです。
 したがって、お互い人間がみずからの願いを実現するためには、それを実現するにふさわしい考え方、態度、行動をあらわしてゆくことが肝要だと思いますが、その根底をなすものが、この素直な心ではないかと思うのです。
 すなわち、素直な心を根底にもってお互いが生きてゆくところから、人それぞれに願い求めている真のよりよき共同生活も逐次実現し、お互い一人ひとりの幸せもしだいに高められていくのではないかということです。
 そこで、私はつね日頃から、くり返し素直な心について話し、その大切さについて述べているわけですが、ここでもう一度改めて、素直な心とは何か、またどうすれば素直な心になれるのかといったことについてみなさんとともに考えあってみたいと思い、本書をまとめてみたわけです。そうして、私自身もかねてよりこうした素直な心というものを養っていきたいと考えておりますので、今後は折にふれて本書をひもとき、素直な心になるための参考にしていきたいと考えております。
 もちろん、本書を読めばそれですぐに素直な心になれるというものではないでしょう。が、それぞれがそれぞれなりに素直な心をつちかってゆく上においては、なんらかの参考になる点もあるのではないかと思われます。そういう意味から、本書が一人でも多くの方がたの素直な心になるためのご参考になればまことに幸せと存じます。
  

昭和五十一年八月
松下幸之助

  • 目次

まえがき
序 章素直な心の意義について11
第一章素直な心の内容十ヵ条23
私心にとらわれない26
耳を傾ける30
寛容34
実相が見える38
道理を知る42
すべてに学ぶ心46
融通無碍50
平常心54
価値を知る58
広い愛の心61
第二章素直な心の効用十ヵ条65
なすべきをなす68
思い通りになる72
こだわらない75
日に新た79
禍を転じて福となす82
つつしむ86
和やかな姿90
正邪の区別94
適材適所の実現98
病気が少なくなる103
第三章素直な心のない場合の弊害十ヵ条107
衆知が集まらない110
固定停滞114
目先の利害にとらわれる119
感情にとらわれる123
一面のみを見る127
無理が生じやすい131
治安の悪化135
意思疎通が不十分139
独善に陥りやすい143
生産性が低下する147
第四章素直な心を養うための実践十ヵ条151
つよく願う154
自己観照158
日々の反省162
つねに唱えあう166
自然と親しむ169
先人に学ぶ173
常識化する177
忘れないための工夫181
体験発表185
グループとして189
終 章素直な心になることを願いつつ193
あとがき