人間の心というものは不思議なもので、小さくもなれば大きくもなる。そして小さくなれば、いい知恵も出にくくなるが、大きく広がれば物事の実相も分かり、たとえ困難に直面してもうろたえることなく、そこからよりよい解決策も生まれてこよう。
『松下幸之助発言集41』(「あたらしい日本・日本の繁栄譜65」『PHP』1970年6月号)
解説
「あたらしい日本・日本の繁栄譜」と題して、月刊誌『PHP』に連載した松下幸之助の論稿のなかに、今回の言葉はあります。この論稿では「物価」について提言しており、「物価は本来、社会が進み、文化が発達するにつれて下がるもので、それが基本の原則だ」という幸之助の持論が提示されています。さらには、国家の政治・経済面におけるアンバランスや矛盾が生み出すムダや非能率が国民活動の生産性を低下させ、ひいては物価の上昇を招き、社会、文化の発達を阻害してしまうと主張しています。しかしもっと興味深いのは、こうした経済論においても、幸之助の視点の基本軸には常に人間があり、人間の幸福・繁栄の実現があるということです。困難(この論稿では国家経済面でのこと)に直面したとしても、心を小さくしてはならない。心を大きくして物事を見つめれば、“実相”が見えてくる。その困難を解決する策も生まれてくる。そう考え、行動することが、人間(日本人)一人ひとりにいま必要ではないか――。そうした想いが今回の言葉に込められているといえましょう。
ちなみに当時の日本経済はというと、幸之助からみても、欧米諸国や東南アジアの国よりは比較的いい状態にありました。しかし「治にいて乱を忘れず」の思いが強かったのでしょう。日本の物価が上昇傾向にあることに目を留め、政治に物申したのです。もしあの戦後の困難期のように、インフレが激しさを増し、日本経済が大混乱に陥ってしまったら……。当時の悲惨さを体験した幸之助は、インフレによる物価上昇が、生活の不安定化、人心へのマイナスをもたらすとして、大いに警鐘を鳴らしたのでした。
翻って、デフレ不況のなかで働いてきた40代前半以下の日本のビジネスパーソンにしてみれば、ガソリンなどの資源を除くと、近年の物価はおおむね下がってきていると感じているのではないでしょうか。にもかかわらず、生活が豊かになっている実感がない……。そうした方々は、幸之助の持論に疑問を感じられるかもしれません。しかし心を大きく広げて、現実を直視したとき、あらゆる分野で、人間社会は着実に成長発展し続けています。その“実相”が分かったなら、世の中の成長発展の恩恵を、少数の人間しか実感できない現代日本の社会構造や経済政策にこそ、解決すべき問題が山積していることに気づくはずです。
学び
心を大きく広げてみる。
もっと大きく広げて、ものを考えてみる。