この日本丸ははげしい暴風雨の中で沈没寸前である。その船上では、お互い国民はあるいはこの事態にあわてふためき右往左往し、あるいは互いに責め合い、ののしり合い、あるいは事態の深刻さにも気づかずにいまだに晴天泰平の夢をむさぼっている。姿はさまざまだが、共通していることは、だれも、この日本丸がどちらを向いてどこへ行こうとしているのか知らないことである。

崩れゆく日本をどう救うか』(1974)

解説

 今回の言葉が記されている『崩れゆく日本をどう救うか』の刊行は1974年末でした。当時、幸之助の眼に映っていた日本「沈没」の様相はどんなものだったのでしょうか。

 ちなみにこの前年(1973)、小松左京(1931~2011)の『日本沈没』(上・下)が年間ベストセラー1位に。幸之助の『崩れゆく日本をどう救うか』も多くの方々の支持を得、1975年の年間ベストセラー5位になっています。そのころ、日本人が経験したかつてない危機により、多くの人々が将来への不安を感じていたのでしょう。

 その危機、つまり第一次オイルショック(1973)に見舞われた翌1974年は、経済成長率こそ戦後初のマイナス成長を記録しましたが、それでも翌年から、数字でみるかぎりは回復基調となっています。実質GDPを、平成バブルの入り口とされる1985年と比較してみると、約134兆円から約320兆円へと2.5倍ほど拡大しており、「沈没寸前」どころか、危機を突破して順調に成長し続けたようにもみえます。

 しかしその成長の影に、今回の言葉で幸之助がいうような「深刻」な危機は内包されたままとなりました。多くの国民がいまだ行く先を知らない船の上にいます。バブル崩壊後の、デフレによる長き経済停滞をこえて、行き着く先は繁栄か衰退か。「日本丸」を率いる船長・安倍首相は、前政権との比較もあり、いまも高い支持を得ていますが、今度の増税のやり方・結果次第では、時局は「はげしい暴風雨」にさらされる可能性もありそうです。

学び

事態は深刻である。

その深刻さに気づいているかどうか。