大切なことは、うろたえないことである。あわてないことである。うろたえては、かえって針路を誤る。そして、沈めなくてよい船でも、沈めてしまう結果になりかねない。すべての人が冷静に、そして忠実にそれぞれの職務を果たせばよい。ここに全員の力強い協力が生まれてくるのである。嵐のときほど、協力が尊ばれるときはない。うろたえては、この協力がこわされる。だから、揺れることを恐れるよりも、協力がこわされることを恐れたほうがいい。
『道をひらく』(1968)
解説
人や組織というものは、外圧よりも内圧、内部崩壊によって自滅していく。これは人間の歴史が認めるところでしょう。近年のグローバル社会でも、たとえば世界経済における金融危機といった突如の外的要因が日本の企業実績に影響を及ぼし、損失をもたらすといったことがあります。しかしそうしたリスクを回避し、存続していくのが強い会社なのであって、企業の崩壊要因は、外的要因に大きく左右される経営体質にあると考えることが、これからの時代を生き残るためには必要でしょう。
そしてこのような観点からすれば、不況においてこそ企業の真の力は試されるという幸之助の経営観は、時代が変わっても、まったく古びないものといえます。
では、不況に際し、幸之助が自社の社員に強く説いたことはなにか。その1つが「和親一致」であり、団結力でした。いまの言葉でいえば「チーム力」になるでしょう。組織・チームが、いわゆる「和親一致」を欠いたなら、個々人がどんなに優秀でも、「烏合の衆」にすぎない。このことは幸之助の著書で幾度も触れられており、経営における信念でした。
こうした考え方も、これからの時代により重要性が増すのではないでしょうか。年齢・役職に関係なく、一人ひとりの力を存分に発揮させつつ、互いの協力・信頼関係を高めて、組織のパワーを最大限発揮できるようにする――幸之助が大事にした「和親一致」の創出は、フラット化を要求される近代経営の組織管理・監督者にとっても重要視すべき条件だと思われます。
一時期、日本企業でも積極的にとり入れられた、個人の実績を重視する「成果主義」が結局は組織力を弱めるといった弊害をもたらし、見直さざるをえなくなった企業もあるようです。そうしたことからしても、日本人が働く企業においては、世の中が発展すればするほど、人間の価値を重視し、よき人間関係を維持するマネジメントがいっそう必要になってくると考えるのが、無理のない行き方だといえましょう。
学び
個々の力を存分に発揮させつつ、組織・チームとしての成果を最大化する。困難に際しても、互いの協力が壊れない、揺れない組織をつくる――このリーダーとしての使命を果たすことができているだろうか。