窮境に立つということは、身をもって知る尊いチャンスではあるまいか。得難い体得の機会ではあるまいか。そう考えれば、苦しいなかにも勇気が出る。元気が出る。思い直した心のなかに新しい知恵がわいて出る。そして、禍を転じて福となす、つまり一陽来復、暗雲に一すじの陽がさしこんで、再び春を迎える力強い再出発への道がひらけてくると思うのである。
『道をひらく』(1968)
解説
「直す」という表現を、松下幸之助はよく使いました。考え直す、問い直す、やり直す……、そして今回の言葉にある「思い直す」です。難題が生じたときに、“よし、チャンスだ”と考える。すると勇気、元気がわいてきて、思い直すことができる。その問題解決のために、考えて、考えて、考え抜く。何度も問い直す。自分で考えるだけでなく、謙虚に他人の声、世間の声に耳を傾ける。いわゆる“衆知”を集めて、生かす。さらには、素直な心で自分を客観的に見つめ直し、自分の考え方が正しいかどうかを点検し、考え直す。つまり“自己観照”をくり返し行う。こうした思考作業の上に立っての、日々の行動が大切だと幸之助は考え、自ら実践していたといいます。
けれども、幸之助がいうような「新しい知恵がわいて出る」状態を創出し、維持することがいかに至難の業であるか、思い直し、素直に問い直し、考え抜くことがどれほど難しいことかは、多くの方が経験的にご存じのはずです。しかしだからといって新しい知恵を生み出すことから逃げていたら、自主性や向上心が希薄になり、窮境を乗り越えることもできなくなってしまうでしょう。
“もう一人の自分”が外から“いまの自分”を見つめていて、いまの自分が選択しようとしている考え・行動がほんとうに正しいのかを問いかけてくる。その問い直しによって、いまの自分の知恵が高まり磨かれ、最終的に的確な決断を下すことができる。この幸之助が一人静かに行っていたという自己観照を心がけていくことが、お互い大切ではないでしょうか。自己観照を日々くり返すことで、自らの判断力や決断力を養い高めることができるはずです。困難に遭っても、即座に“ピンチはチャンス”“困難もまたよし”と思い直して、新しい知恵を生み出し、進むべき道を見出して力強く前進する人へと成長・進化する可能性も大きく広がることでしょう。
学び
よし来た、困難! 困難はチャンス!
これでまた成長できるぞ! さあ、前に進もう!