日本人はある一つのいい種をつかめば、自分の土壌に植えつけて立派な花を咲かす、立派な実を結ぶ、そしてそこからいろいろな創造をしていくというような力と申しますか、そういう本質をもっている。これが日本人の一つの天分であり、そういうものをわれわれは与えられておる、そういうものをもって生まれてきておる、とこういうことを考えていいと思うんです。
『松下幸之助発言集6』(関西電力株式会社経営研究会・1968)
解説
松下幸之助は、日本という故郷の歴史や自然に関心をもつことの重要性を、自著や講演でよく訴えかけていました。いや、関心をもつだけでなく、その“よさ”を生かすことが大切と考え、積極的に説いていました。悠久の歴史を俯瞰すれば、太平洋戦争という禍根はあれど、素晴らしい国民性、伝統精神を保持してきた日本人。この民族の歴史と断絶することをよしとせず、みずから「日本」と「日本人」について思索を重ねたのです。
今回の言葉の本意を説明するとき、幸之助は仏教を引き合いに出しました。日本に仏教が伝来してから、発祥のインド、そして中国の地よりも、日本のほうが一般に普及し、いまも定着している。しかも日本独自の仏教を生み出すことに成功しているではないかといった説明をしました。こうした考え方には、おそらくは自身の成功体験が素地としてあったのでしょう。若き日の幸之助は、フォードの経営に触発され学んだのであり、当時の欧米先進国の知識やノウハウを取り入れて自社の発展に積極的に生かしました。国内でもトヨタの石田退三氏など、多くの方々に教えを請い、さらには販売店やお客様からも大いに学びました。マネシタ電器と揶揄された時期もありましたが、外部から「いい種」をつかんで吸収し、みずからの経営に生かすことに傑出した力をみせる、それがパナソニック発展の要因の一つでもあったのです。
自分は日本人である。そのことを深く認識し、“よさ”を認めたうえで生かす。ごくあたりまえのことのようで、普段はほとんど意識していないことを、生真面目に訴えかけるのが、“松下幸之助”でした。そしてこの幸之助の訴え・願いは、今日さまざまな分野で停滞する日本と日本人が、いま一度真剣に向きあうべきものといえるのではないでしょうか。
学び
自分が何者なのかをよく知る。特質をよく知る。長所をよく知る。
自分を生かすうえで、自分の天分を知ることは、欠かせないことである。