私の今までの五十年の体験からいうと、常に夢と申しますか、希望というものを抱かなければ、自分自身が沈滞しますわね。同じように従業員もそうだろうと思うんです。やはり希望や夢を与えんと道草を食うようになりますわ。

『松下幸之助発言集6』(関西電力株式会社経営研究会・1968) 

解説

 希望や夢を抱かなければ、人は「沈滞」してしまう。日々生成発展が人間の定めと悟った松下幸之助にも、沈滞するときがあったのです。しかしそうした経験を生かせたからこそ、従業員の気持ちに通じた経営を実践できたのでしょう。人の苦しみや喜びを知らないリーダーに、人を導くことなどできないと、幸之助は生前、松下政経塾の塾生に語りかけましたが、人情の機微に通じるのは、経営者としてよほど重要なことにちがいありません。

 そして幸之助が語った、この夢や希望といったものを、現実の事業経営にあてはめるなら、ビジョンという言葉にいいかえることができるでしょう。それは、会社が掲げる理念・方針、そして方向性や目標のことであり、それを最終決定し、社員と株主と世間に明示するのは、いまも昔も変わらず、経営者の責務です。

 つまり今回の言葉は経営者の根本的な任務に言及したものであり、“経営の神様”といわれた幸之助の哲学であり、経営論なのです。堅苦しくいえば、“夢や希望に満ちたビジョンを掲げる。社員に明示し、共有化し、ともに達成に向けて邁進する”とでもなるのでしょうが、そうした物言いをしない、なにげない語りかけの中に、案外、幸之助の経営の極意があるのです。

 ところで幸之助には、自身が日々沈滞しないよう、大切にしていた言葉があります。“日に新た”です。中国故事に由来するこの一言は、いまもパナソニックにとって大事な言葉とされていますが、幸之助以外にも、この言葉を大切にした経営者がいました。

 正しくは“まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり”。座右の銘にしたといわれるのが、“行革の鬼”“ミスター合理化”などの異名をとった、土光敏夫氏(故人)です。“鬼”と“神様”――同時代を駆け抜けた二人の経営者を魅きつけるだけの力が、この言葉にはきっとあるのでしょう。 

学び

自分に夢を。

部下にも希望を。