正しいと思うことを知り、その正しいことに命をかけるということが、私は日本人の伝統であったと思います。

『松下幸之助発言集11』(防衛大学校での講演・1964)

解説

 松下幸之助はこの講演で、太平洋戦争について触れています。戦後二十年、日本がまだ“戦後”という過去を引きずっていた頃です。いまではもう、この過去から脱したのだという論者もいるようですが、はたしてどうでしょうか。

 近年、隣国との軍事的緊張が次第に高まりつつあります。しかし国民感情・関心はというと、全体的にはさほど高まっているようにみえません。その根底になにがあるのか。やはり太平洋戦争敗戦という歴史の受け止め方に原因があるのではないでしょうか。もちろん多くの有識者により、この議論は繰り返されてきました。学校教育の場で歪められた歴史観を植えつけたのではないかという悔恨もまだ抱え続けています。ならば戦争体験者であり、財産のほとんどを一度に失ってしまった幸之助は、敗戦というものをどのように受け止めたのでしょうか。

 幸之助は今回の言葉に続けて学生たちにこう述べています。「正しいことに命をかける」のが日本人の伝統であったにもかかわらず、太平洋戦争という過ちを一度だけ犯してしまった。それが大東亜戦争の結果となってあらわれた、と。しかしそこから導き出される歴史観は、けっして自虐史観ではありません。

 この過ちはどこまでも反省しなくてはならない。反省をすれば日本はさらに強く正しくなる。その過ちを悔い怖れて、卑劣な人間になることは許されない。それは二千数百年の伝統をつくってくれた先人たちに申しわけないことだ。事あるたびに正しく強くなる。それが過去を大切にする態度であり、日本の伝統である。そう述べているのです。反省し、正しいことを知り、その正しいことに命をかけて強く生きる――戦後から苦闘の末、自身の復興・再生を果たした、一人の日本人の静かなる魂の咆哮です。

学び

過ちはどこまでも反省する。

そのうえで新たに、正しく生きる。