諸悪の根源は日本の国土の狭さにある。2世紀にわたって理想の日本国土を創成しようという提言の書。
まえがき
長く続いた不況も一面ようやく回復に向かいつつあるとはいうものの、根本的にいって日本は今日非常な危機に直面しています。政治、経済、教育その他各面に大きな混乱、混迷が生じ、しかもそれが日に日にというか刻一刻と深まっており、今にして抜本的な方策を講じなければ、日本はこのまま崩れさってしまうおそれもなしとはいえません。というより、その可能性はきわめて大きいと考えられます。
そのような日本の現状なり、それを救うための方策について、私なりの見解をまとめ、昨年『崩れゆく日本をどう救うか』という書名のもとに一つの提唱をいたしました。この本は、思いがけずも、非常な反響を呼び、短時日の間に版を重ねて、六十五万部をこえる発刊を見たのです。そして、一万通をこえるご意見、ご感想が読者の方がたから寄せられたのでした。それらはいずれも、日本の現状に対して深い憂いを表明されているものであり、その中にはそれぞれのお立場での積極的、建設的な提言を含むものが数多くありました。私はそれらを読んで非常に教えられるものがあり、またそこから私なりにいろいろと新たに発想するところもありました。
くり返して申しますが今日は大きな危機であり非常時です。しかし、非常時であるということそれ自体は決して悲観すべきことではないと思います。困難というものは、処し方によってはかえって新しい発展の転機となり得るものです。平常の時ではなかなか生まれてこないような創意工夫も、困難に直面して、それにとり組む中で、考えられてくる場合が少なくありません。だから、非常時だということは、見方によっては、かつてない画期的なものを生み出し、そこから発展飛躍をとげるべき絶好のチャンスだということにもなろうかと思います。
大事なことは、お互いがそういう認識を持てるかどうかということです。この難局にいたずらに心配したり、不安動揺しているのでは、心が萎縮して出るべき知恵も出なくなってしまいます。そうなってしまっては、もはや日本は崩れゆくのみです。私が『崩れゆく日本をどう救うか』の中で一番訴えたかったのも、そういうところだったのです。
今日のこの非常時を、かつてない絶好のチャンスとするかどうかは、一にかかってお互いがそのように困難こそ絶好のチャンスだということをはっきり認識するかどうかにかかっているのではないかと思います。そういう認識に立って衆知を集めていくならば、そこに各面にわたる抜本的な方策というものが生まれてくるでしょう。
その抜本的な方策というものはいろいろ考えられると思いますが、その中でも特に大切だと思われるのは、いわゆる国家百年の大計というか、百年、千年という長きにわたって、この国日本をどのように発展させていくかという構想を打ち出すことではないかと思うのです。もちろん、当面のこの窮迫した事態にどう効果的に処していくかということも、きわめて大切な問題であるのはいうまでもないことです。しかし、そういう対処の方策というものは、単に今日の事態を糊塗していくだけのものであってはならないと思います。それはやはり、将来にわたる国家国民の真の繁栄という観点から考えられなければならないでしょう。いいかえれば、国家百年、千年の大計というものを根底においた方策であることが望ましいわけです。
考えてみれば、戦後の日本は一面"経済大国"といわれるほどのめざましい発展をなしとげてきました。しかし、これは二十年なり三十年以前に、「二十年後、三十年後の日本をこのような姿にしていこう」という計画を持ち、それを国民合意のもとに共同の力で推進してきたというものではありません。いわば終戦このかた、お互いがそれぞれに無我夢中で働いてきた、そして三十年たって気がついてみたら、思いがけず大きな成果があがって、経済大国と自他ともに称するような状態になっていたということです。
したがって、一面に大きな成果はあがったものの、そうした計画性のなさから、それぞれの働きがいわばバラバラになり、それが反面に、たとえば公害とか、無計画な都市の膨張といったような数々のアンバランスを生む結果になりました。そして、今日の社会各面にわたる混迷は、そのようなアンバランスから起こってきたと考えられます。
そういう意味において、今日のこの非常時に処していくにあたっては、一方で当面の事態に対する適切な方策を生み出し、実行していくことが肝要であるとともに、それらの根底となるべき、国家の大計を打ちたてることが急務ではないかと思うのです。
そこで、先にのべたような『崩れゆく日本をどう救うか』に対する多くのご意見を読みつつ、国家の大計、日本の国土の将来の姿について、私なりに考えをまとめてみました。
ここにのべるような国土の創成というか、新日本の建設といったことは、あるいは夢物語のように思われるかもしれません。しかし私は決してこれは非現実的なものではないと思うのです。将来にわたる国民の決意と協力一致があれば必ずや実現するだろうと考えております。もちろんこれは大まかな構想であって、専門的立場から詳細に研究したというものではありませんから、細部にわたっては不備な点は多々あろうと思います。そういう点についてはこの構想の実行にあたって、それぞれの専門家の方がたにお考えいただきたいと思うのです。
いずれにしても、今日日本がこういう事態に立ち至った一つの大きな原因は、戦後このかた、国としての国是というか、現在将来を通じての国民共通の目標、いいかえれば国家の大計というものがなかったところにあると思います。そういうものがなかったために、国民はそれぞれに自分の判断でバラバラに行動し、特に互いに不信感を抱いて相争うという姿にさえ陥ったわけです。そういったことからしても、なんらかのかたちで、国家の大計というものが今強く求められています。
そういうものとして、私の提言する内容が唯一絶対のものと考えているわけではありません。しかし、そのような意味あいも含めて、こうした問題について、それぞれのお立場でお一人おひとりが真剣にお考えいただきたいと私は念願しております。ご一読いただき、賛否いずれにしてもご意見ご感想をお寄せいただければまことに幸いです。
松下幸之助
目次
まえがき | ||
一 | このままではゆきづまる | |
小さな国土に大きな人口 | 18 | |
せまいことにもプラスが...... | 20 | |
過密が生むもろもろの弊害 | 24 | |
一人あたり三百坪 | 27 | |
物資の供給ができなくなる | 29 | |
二 | 深刻な食糧問題 | |
食糧自給率の低い日本 | 34 | |
最悪の場合は餓死者も | 36 | |
必要な抜本的方策 | 39 | |
三 | 開拓地に住む現代人 | |
国土をつくり出したオランダ | 44 | |
秀吉と家康の町づくり | 46 | |
自然破壊とは | 50 | |
自然をよりよく生かす | 54 | |
四 | 国土を創成する | |
山岳森林地帯の活用を | 58 | |
理想的な国土をつくり出す | 59 | |
価値の高い日本の国土だから | 64 | |
五 | 二世紀にわたって実現 | |
二十五年かけて計画立案 | 68 | |
犠牲を出すことなく | 71 | |
衆知を集めて遂行 | 74 | |
まず国民の合意から | 77 | |
オランダで見たもの | 80 | |
日本の国是として | 82 | |
六 | 資金をどうするか | |
外国から借金する方法 | 88 | |
国土創成国債を | 90 | |
そこから生み出される成果 | 94 | |
七 | 土地をどう配分するか | |
原則を明確にして | 102 | |
公平適切な配分を | 104 | |
八 | はかり知れないプラスが | |
過疎過密のない国土に | 110 | |
だれもが快適な住宅に | 114 | |
高まる農業の生産性 | 118 | |
安定した食糧の自給が可能に | 120 | |
自然の猛威を克服 | 123 | |
台風もプラスにかえる | 127 | |
画期的な科学技術が | 130 | |
命をかけるほどの真剣さで | 132 | |
国民精神の高揚 | 135 | |
国民共通の一大目標 | 138 | |
九 | 世界に大きく貢献 | |
世界各国の理解協力が必要 | 142 | |
世界の共栄にプラス | 144 | |
国際自由都市の建設も | 148 | |
むすび | 人間としての崇高な使命 | |
自然知にしたがって | 154 | |
人間と自然のために | 156 | |
補章 | 国土創成奉仕隊 | |
すべての青年男子の参加を | 160 | |
そこから生き甲斐が生まれる | 164 | |
青年は求めている | 168 | |
あとがき |