真の繁栄・平和・幸福に満ちた社会を実現する道はどこに。本書はその考え方をまとめた、いわばPHPの原点。昭和50年発刊の改訂版には「第一次研究十目標」を収録。

まえがき

早いもので、戦後すでに三十年を迎えます。この三十年間の日本のあゆみをふり返ってみれば、政治、経済ともに、一面よくぞここまで復興発展してきたものと感無量の思いもいたしますが、しかし反面、いま再び容易ならざる危機に直面しているという感じがしてなりません。
 インフレと不況の波は日本国中にひろがり、各家庭も企業も地方自治体も国も、いまは赤字つづきで先行きの希望がもちにくい状態です。しかもお互い日本国民の心はバラバラで、不信と不満にみち、個人としても団体としても、つねに対立と争いがくり返されています。このような物心ともにきわめて深刻な日本の現状を見るときに、まさに終戦直後とよく似ている、いや見方によってはそれ以上のきびしい事態ではないかという気もするのです。そしてこの崩れつつあるように見える日本を、いかに立て直すべきかとあれこれ考えていますと、ふと三十年前、私がPHP研究所を創設した当時の様子がまざまざと思い出されてくるのです。
 ご承知のように、終戦当時は食うに食なく、住むに家なく、働くに職のないといった状態でした。物の生産をしようと思っても、一向にそれにふさわしい施策が行なわれない。ヤミでボロ儲けをする人がある一方で、まじめに働けば働くほど窮乏していくといった社会の情勢でした。法を守ってヤミの物資を買わなかった判事さんが餓死するという悲惨な事件もあったわけです。そういった姿を見、また私自身も体験させられているうちに、よくわからないながらも、"こんなバカなことはない。どこかがまちがっている。人間とは本来もっと尊く偉大な存在であって、お互いの自覚と協力いかんによっては、もっと平和で豊かで幸せな生活を送れるはずだ"という思いが、日一日とつよまってきたのです。そして、そういう思いを多くの人びとに訴えてみたいという、矢も盾もたまらない気持ちから、PHP、すなわちお互い人間の真の繁栄と平和と幸福を求める研究と啓蒙の運動をはじめるようになったというわけです。
 もちろん私自身は、学者でも社会運動家でもなく、一経済人にすぎません。しかも当時は私の会社も一万人の従業員をかかえ、全力をあげてその再建をはからなくてはならない状態でした。けれどもその会社の再建のためにも、まず世の中がよくならなければどうにもならない。つまりまじめに仕事をする人、まじめに活動する事業が正しく生きられる社会にしなくてはならない、そういう非常に思いつめた気持ちがありました。ですから、眼の前に見るこの貧困な中から、自他ともに救われたいという願いのもとに、そのためにはいかにあるべきかを考え合いたいと周囲の人びとに話してみたところ、幸いにして多くの方がたのご賛同を得、とくに飯島播司氏からは力づよいおすすめを頂きました。そういうことから、PHPの趣意書や第一次研究十目標(別掲・十四ページ)といったものも考え、研究所内でも綱領や信条、毎日のことば(別掲・十二ページ)などをつくって、それをもとにスタートしたというわけです。
 当初は、ともかくも自分の思いを発表していくならば、ひろく世の教えも得られるだろう、そしてそれが研究を進めていく上での尊い導きともなろう、またそういうことを通して少しでも世の中を豊かにできないものかと、まずあちこちへ話をしにまわりました。
 会社にも行くが労働組合にも行く、お役所、警察、裁判所、それに婦人団体、青年団体、大学の教授会から東西の両本願寺にも行って、お坊さんに訴えたりもしました。当時の記録をみますと、昭和二十一年の十一月三日にPHP研究所を創設して以来、その年の末までに四十二カ所に出かけて、いろいろな方々と話をしています。いま思うと、よくもあれだけ回れたものだという気もいたします。
 昭和二十三年からは、研究を進める一つの方法として、人間や社会のよりよき繁栄、平和、幸福実現の理念なり方策について私なりに考え感じておりますことを簡単に要約し、これを「PHPのことば」と名づけて、拙いながらも発表することにいたしました。東京や大阪、名古屋で公開の研究講座をひらき、その席上でお話ししたり、月刊機関誌の「PHP」にも掲載してまいりました。その間、これに対しては、いろいろと激励やご支持もいただいて感激したり、また一方、手きびしいご批判やご意見を受けて恐縮したこともありました。しかし賛否いずれにしましても、これらのお言葉の中から、非常に多くのものを学ばせていただいたことでした。
 その「PHPのことば」のなかから四十編をまとめたのが本書です。実はこれは昭和二十八年に一度出版したものですが、その後長い間絶版になっておりました。つい最近読み返してみますと、筆は未熟ながらもいかにすれば身も心も豊かな繁栄の社会を生み出すことができるかという念願にあふれており、また終戦直後に考えたものでありながら、今日にも通用するというか、ご参考にしていただけるものも少なくないのではないかと感じたのです。私は先ごろ「人間を考える」という著書を出版し、そこで新しい人間観というものを提唱いたしましたが、これも元はといえば、本書の"PHPのことばその三八"の「人間の天命」のところですでに骨組みができていたものを、さらに研究考察を重ねてまとめていったものなのです。そういう意味から、PHP活動の一つの研究資料としても記録にとどめておく意義があるのではないかと考えたわけです。そういったことなどから、この際あらためて再出版し、ご高覧に供することにいたした次第です。
 なお本書には、今日から見れば多少ピンとこないというか、三十年の昔と今とでは社会情勢がかなり違っている点もないわけではありません。しかしそれもその時々の背景のなかで考えたこととして、そのまま残すことにいたしましたので、各編の末尾には、その発表した年月を記載しておきました。
 また、これらの諸編は、繁栄、平和、幸福を生み出すための基本的なものの考え方をことばにしたものであり、いわば基本編とも申すべきものであります。この基本編をもとに今後またいつの日にか具体編、実践編を書く折があればと願っております。
 本書の再刊行を契機として、今後もひろくみなさまのお教えをいただき、PHPの研究、普及活動を、初心にかえっていっそう力強く続けていきたいと念じておりますので、何とぞよろしくご支援、ご指導を賜わりますよう、お願い申しあげまず。
 終戦直後に匹敵する、いやそれ以上の難局に立っている今日の日本にあって、お互い日本国民が素直な心になって懸命にこれに対処し、衆知をあつめて将来の道を正しくきりひらいてゆくことを心から念じつつ、本書を再び世におくる次第です。
  

昭和五十年四月
松下幸之助

  • 【昭和50年 改訂版】目次

序にかえて
付1・毎日のことば・綱領・信条
付2・第1次研究10目標
その1繁栄の基(昭和23年2月発表)20
その2人生の意義(昭和23年3月発表)28
その3学問の使命(昭和23年4月発表)36
その4素直な心(昭和23年4月発表)42
その5人間性(昭和23年5月発表)52
その6調和の思想(昭和23年6月発表)60
その7自然の恵み(昭和23年7月発表)66
その8政治の要諦(昭和23年8月発表)74
その9経済の目的(昭和23年9月発表)84
その10教育の大本(昭和23年10月発表)96
その11官吏の優遇(昭和23年11月発表)104
その12政治の責任(昭和23年12月発表)112
その13租税の適正(昭和24年1月発表)120
その14信と解(昭和24年2月発表)134
その15理性と本能(昭和24年4月発表)144
その16善と悪(昭和24年5月発表)154
その17調和の本質(昭和24年6月発表)164
その18文化の意義(昭和24年7月発表)174
その19天分の自覚(昭和24年8月発表)186
その20生成発展(昭和24年9月発表)196
その21生産と消費(昭和24年9月発表)206
その22信仰の在り方(1)(昭和24年10月発表)216
その23信仰の在り方(2)(昭和24年11月発表)230
その24殺生の意義(昭和24年12月発表)240
その25悩みの本質(昭和25年1月発表)250
その26人間としての成功(昭和25年2月発表)260
その27欲望の善悪(昭和25年3月発表)270
その28繁栄の社会(昭和25年4月発表)280
その29礼の本義(昭和25年5月発表)292
その30礼と躾(昭和25年9月発表)306
その31大義の意義(昭和25年10月発表)316
その32健康の原理(昭和25年11月発表)326
その33国家と世界(昭和26年1月発表)336
その34人間の目的(昭和26年2月発表)348
その35憲法の淵源(昭和26年5月発表)358
その36国民生活の意義(昭和26年6月発表)370
その37民主主義の本質(昭和26年7月発表)384
その38人間の天命
付・人間宣言
(昭和26年9月発表)400
その39富の本質(昭和26年10月発表)416
その40政治家の職責(昭和27年4月発表)

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