私は正月を迎えたときに、“ああ、きょうは正月を迎えた、結構やな。去年一年無事にやった、ありがたいな”と思うて、“今年は大いに奉仕せねばいかん、去年無事に育った、多少とも儲かったことに対して今年はそのお礼をせねばいかん、奉仕をせねばいかんな”と、そういうことを考えます。そうすると勇気が湧いてくるんです。非常に勇気が湧いてくる。そうですから、その年も無事にいける。また正月が来ると、またそう考える。毎年毎年そうしているんです。
『松下幸之助発言集5』(大阪青年会議所での講演・1979)
解説
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ――この「勇気が湧いてくる」言葉は松下幸之助最大のベストセラーであり、累計490万部(2013年8月時点)をこえた『道をひらく』に収められているものです。
幸之助は、そうした他人を勇気づける役割を果たしつつ、同時に、今回の言葉のように、自らを励ますことを常々意識してやっていました。“青春とは心の若さである”という幸之助の言葉がありますが、これも老年となった自分を元気づけ、日々新たに生きることを誓うためのものでした。
1970年、会長としてまだまだ現役だった幸之助に、懇意のジャーナリストがインタビューしていたときのこと。幸之助は、経営者が一つの指針を社員に出すときに“勇気をもってやんなさいと呼びかけるのと、失敗せんようにやってくれよと呼びかけるのと、どっちがええか”と問い返し、後者は窮屈になり、前者はより自由になるだろうといっています。そして前者の行き方をとる傾向が、松下電器には強かったと述べています。
近年の部下指導では、エンカレッジといった言葉が使われます。やる気を出させる、モチベーションを上げるといった表現も使われます。たしかにリーダーに欠かせない役割でしょう。しかし人間、真の勇気というものは自分の心の奥底からしか湧きあがってこないものです。だから幸之助のように、ぼくはこう考えるようにしている、こうして勇気を奮い立たせているという自らの姿をみせ、そのうえで大いに権限を委譲し、任せて、勇気をもってやりなさいと励ますことが何よりも大切ではないでしょうか。
学び
自分を励ませない人が、他人を励ますことなどできない。