実際問題としては、私もつねに深刻な悩みにぶつかる。これは人間だから仕方がない。しかし、ぶつかってからどうするかということである。ぶつかりっぱなしではどうしようもない。ぶつかっても、すぐに思い直すのである。自問自答というか、自分自身に言い聞かせる。これは悩んではいけないのだ、悩まないようにしよう、というように考える。そして、そう考えるだけでなく、同時に、その悩みを生じている問題を乗り越えるような見方というか解釈をするのである。すなわち、悩みに負けないというか、自分の心がしぼまないように、むしろ心がひらけるような解釈をするのである。

人を活かす経営』(1979)  

解説

 ウェルテル効果という言葉があります。1774年に刊行されたゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読んで、主人公・ウェルテルの自殺に影響された若者が、同じ方法で自殺した現象をいったものです。人生に悩み、活字をみて「思い直す」のでなく、従ってしまったのです。死を考えるほど深刻な悩みを抱えた人がどう生きるか、そして周囲の人はどう接し、励ませばいいのか。それは“うつ”が一般化するほど、精神の危機に瀕する日本の現代社会ではもう他人事ではなく、ごく身近な日常の問題となっています。

 もちろん今回の松下幸之助の悩み克服のノウハウは、幸之助にとってベストなのであり、各人に各様の悩みがある以上、だれにも通用するものと考えるべきではありません。大切なのは、この“ノウハウを真似る”のではなく、悩みにぶつかっても負けないだけの“ノウハウを幸之助のように自分で開発する”ことではないでしょうか。

 ちなみに、今回の言葉の前段にはこうあります。“自分で商売を始めて、経営者としての歩みを続けてくる上においては、つねに悩みにつきまとわれる。いってみれば悩みの連続である。尽きざる悩みがある。その悩みをすべて悩んでいたのでは、これはとても身がもたない”。

 神経質な性分だった幸之助は「悩み」というもの自体を切実に、身がもたないほどに悩んだのでしょう。そして幾重の体験を通じて、自分だけのノウハウをとうとう得たのです。“悩みはいくら多くても、本当に悩むのは一つだけ”、“悩んでも悩まない”、さらには“悩みもまた結構、悩みにぶつかるたびに知恵がわく”といった持論にたどりつくことができたのです。 

学び

悩みに負けない自分を創る。

悩み克服のための独自のノウハウを創る。