茶道に造詣の深かった松下幸之助は、PHP運動においても、茶会を積極的に開いています。昭和22(1947)年4月26、27日、それぞれ朝9時から16時、枚方町(現・枚方市)にあった萬里荘では、「PHP昂揚国民文化大茶会」が開催されました。
 この茶会には、裏千家流、官休庵流、表千家流など5席が設けられ、初日は大阪府知事、大阪市長、早川電機(現・シャープ)社長の早川徳次氏など、招待客約100名が参集したと記録されています。2日目は一般公開で、約600名が訪れました。幸之助は2日間で「適時六回」、「PHP研究とPHP運動」というテーマで講話を行っています。

 

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「PHP昂揚国民文化大茶会」の野点

 

 翌昭和23(1948)年5月20、21日にも、今橋(現・大阪市中央区今橋)で約800名を招き、大茶会を開催。幸之助と所員が講話を行い、参集した人々と熱心に質疑応答をしました。PHP運動に関する参加者同士の討論も活発に行われ、記録には「婦人ノ生活運動ニ対スル力強イ動キヲ見セタ」(運動記録)と記されています。