幸之助が独立してまだまもないころ、税金は、大きな事業をやっているところは税務署のほうから調査に来るが、小さなところは申告者を信用して、その申告した金額に応じて納めるというようになっていた。
 幸之助も何を考えるでもなく、そうした習慣に従っていた。

 

 「今年は三百円儲かりました」
 「今年は千円です」

 一応の説明をつけつつ、儲かった金額をそのまま申告していた。

 

 ところがそのうちに、事業の急な伸展に伴って、申告する金額が、一万円、二万円と多額になっていく。すると税務署のほうが、その申告額をそのまま受け付けてはくれなくなった。

 

 「松下さん、あんたのとこの会社もだいぶ大きくなったようだし、今度いっぺん調査に行かせてもらいますよ」

 

 正直に申告していたものの実際に調査を受けてみると、見解の相違があって申告以上に利益があがっており、再調査に来るという。

 

 “こりゃえらいことや。だいぶとられてしまうわ”

 幸之助は一瞬、自分が正直すぎて損をしているのではないかと思った。

 

 “確かに店は大きくなったが、これは内緒にしておいて、正直にこれだけ儲かったなんて言わなければよかった”
 もうそのことが気になってしかたない。悩んで夜も眠れない日が二日、三日と続いた。

 

 ところが、さて税務署が再び調査に来るという日の朝、それまで悩みとおしていた幸之助は、ふとこう思った。
 “まてまて、これは確かにわしが儲けた金にはちがいないが、しかしよく考えてみると、この金はわしの金やない。いうなれば世間の金、天下国家の金や。自分の金やったらたくさんとられるのはかなわんけれども、もともとがわしの金ではないのだから、それを税務署が来ていくら持っていこうと、それはそっちの好きにしたらええ”

 

 幸之助は、たれこめていた雲がいっぺんに吹き飛んだような気がした。
 「どうぞそちらの思うとおりにお調べください」
 気持ちよく調査に臨むことができたのである。