今回は、松下幸之助の「揮毫(きごう)」についてご紹介します。
幸之助は、落款を「陽洲」とし、みずからが好んだ言葉を選び、書をしたためる、そういう機会を大切にしていました。遺されている揮毫はそれほど多くはなく、正直なところ達筆とはいえないのですが、どれも精魂を込めて書いたものばかりです。姿勢を正し、筆をとる姿の写真を、弊社経営理念研究本部では数十枚ほど所蔵しています。以下に、代表的な2つの揮毫を、その言葉に込められた意味・エピソードとともにご紹介します。
(2011.2.18更新)
素直
弊PHP研究所の機関誌『PHP』の目次ページの下部に、毎号そっと添えてある言葉(標語)があります。
素直な心になりましょう
素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします
この「素直」という言葉は、1946(昭和21)年11月、PHP研究所を創設して、PHP活動を始めた頃から、幸之助が大切にしてきた心であり、みずからも素直になる努力を続けていました。それは松下自身にとって、一生涯の目標でした。著書『実践経営哲学』ではこう記しています。
「私自身はこういうことを考えている。それは、聞くところによると、碁というものは特別に先生について指導を受けたりしなくとも、およそ一万回うてば初段ぐらいの強さになれるのだという。だから素直な心になりたいということを強く心に願って、毎日をそういう気持で過ごせば、一万日すなわち約三十年で素直な心の初段にはなれるのではないかと考えるのである。初段ともなれば、一応事に当たってある程度素直な心が働き、そう大きなあやまちをおかすことは避けられるようになるだろう、そう考えて、私自身は日々それを心がけ、また自分の言動を反省して、少しでも素直な心を養い高めていこうとしているのである。
そのように方法はみずから是と思われるものを求めたらよいわけだが、素直な心の涵養、向上ということ自体は、あらゆる経営者、さらには、すべての人が心がけていくべき、きわめて大切なものである。それなくして、経営の真の成功も、人生の真の幸せもあり得ないといってもいい。だから、素直な心に段位をつけられるものであれば、やはりお互いに初段ぐらいにはなることはめざしたい。そこまでいけば、これまでに述べてきたようなことも、おのずと体得され、生かされてくると言ってよいであろう」
「素直」になるということについて、一度ぜひ考えてみてください。
大忍
松下幸之助の生涯を見渡すと、大きな3つの活動が挙げられます。
1.パナソニックグループの創業
2.PHP研究所の創設
3.松下政経塾の開塾
そのなかで晩年多額の私財を投入して開塾した松下政経塾において、初代塾長としての想いを塾の1期生たちに託そうと、みずからが選び自宅で筆をとって書いた言葉――それが「大忍」でした。塾生たちに贈ったこの言葉は、幸之助の造語であり、「大きく耐え忍んで、志を遂げる」という意味合いを持ちます。
この言葉は、幸之助にしてみれば、真のリーダーになるために最低限必要な心がまえであり、どうしても知っておいてほしかったことだったにちがいありません。
パナソニックにおいても、幸之助が会長時代、役員25人の下から二番目にいた人物を社長へ抜擢する人事がありましたが、その社長に対し、就任後わざわざ直接この言葉を渡しにきて、「自分も同じ額を部屋にかけておく。君がこの額を見るとき、私も見ているだろうと思ってくれたらいい」という言葉を投げかけたそうです。
この「大忍」という言葉は、幸之助が自身の体験の中から得た大切な言葉であり、とくに組織のリーダーになる人にとって必要不可欠な心がまえと考えていたようです。
上記を含めた計20の揮毫と、そのエピソードを収録した単行本『松下幸之助 真筆集 永遠の言葉』(書店では取扱いしておりません)、さらにこうした言葉を活かして弊社で企画制作したグッズを、以下にあわせてご紹介します。
PHP研究所経営理念研究本部
松下幸之助揮毫 高級京扇子「魁(さきがけ)」