自然災害の恐ろしさを実感せざるをえない状況が続いています。
松下幸之助は、自らの経営においては、被災すれば「こけたらたちなはれ」の気概でその対処・対策に臨み、被災された取引先や顧客には、できるかぎりの援助をする姿勢を大切にしましたが、国家・政治への憂国の提言も数多くしていました。
(2013.10.25更新)
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太平洋戦争敗戦後、日本が復興の道を歩みだし、高度経済成長期を駆け上るなかで、松下幸之助はさまざまな国策提言をおこないました。世界有数の平和と繁栄を享受しているようにみえる日本。しかし“なにかが欠けている”という強い思いが、松下を突き動かしていたようです。
各種提言のなかで、その実現に向けて現在も国家的な努力がなされているものがあります。代表的なものが観光立国や道州制ですが、ほかにも松下は多くの提案をしていました。そのなかに「台風産業株式会社」という発想があります。それは戦後まもない昭和28年のこと、社員に向けて、こう書き記しています<のちに『月日とともに』(松下電器産業)に収録>。
みなさん、この間の台風は大変でしたね。みなさんのお宅にも、多少ともご被害のあったこととお察ししております。大阪地方は幸い中心をはずれましたが、それでも風速29米で、これは時速100キロ、特急つばめの最高速度よりもまだ速く、そのもたらした雨量をすべて電力化したならば、1200万キロワットにもなります。 現在、関西電力のもっている水力発電設備の最大出力は約120万キロワットですから、これはその約10倍にも相当するのです。ところが、これだけの大きな資源を台風が持ってきてくれたにもかかわらず、これが何一つとして私たちの生活にプラスされることなく、逆に莫大な損害を受けているのです。これは全く惜しいことですし、残念なことですね。
時速100キロの風速と、樹木や家を倒した風圧を利用し、また台風のもたらしてくれる膨大な雨量を活用して、風圧は動力に、雨量は電力にとそれぞれに利用したならば、私たちの生活はどれほどゆたかになることでしょう。もしもこのことに成功したならば、台風はもはや恐るべきものではなく、逆に私たちに利益を与えてくれる貴重な資源にかわります。しかも災害は絶無になるのです。 その意味において、この貴重な資源を活用するために「台風産業株式会社」というものが生まれてきてもよいと思うのです。こんなふうに考えたならば、何一つとして資源でないものはありませんね。
台風も、自然の恵みであり、天然資源として考える、ということでしょう。先般の台風15号では、東北電力が設備保安のため、多くの水力発電所の稼動を一時停止したというニュースが流れました。台風の水や風を生かすどころか、その猛威に耐えることさえ困難な状況にあることを考えると、松下の主張は現実的ではないと思われるかもしれません。しかしその着眼に「松下らしさ」があります。そしてこの「台風産業株式会社」の発想は、昭和51年に刊行された『新国土創成論』(PHP研究所)に生かされています。
日本には年々台風がやってくる。最近では、台風の予報技術も発達し、また防災の面でもいろいろと進歩してきているから、昔にくらべれば台風による災害というものはずいぶん少なくなってきていると思う。しかしそれでも、台風のたびに河川が氾濫して住宅が浸水したり、田畑が冠水するとか、あるいは山やガケが崩れて道路が不通になったり、人家が押しつぶされたりするなどして、尊い人命が失われ、非常に大きな金額の損失がでるということがあとを絶たないのが現状である。 だから、台風というものは恐ろしいもの、大きな災害をもたらすものとして、できるだけこない方がいい、日本をさけて通ってほしいというのがだれしもの願うところだと思う。
そのように願うのは、年々台風によって大きな被害をこうむっている日本人としては一面当然のことであるが、しかし台風の方は、こちらがそう願ったからといって、都合よく日本をはずれたコースを通ってくれるものではない。何百年、何千年の昔からそうであったであろうように、これからも年々いくつかの台風が日本を襲うことはずっと続くにちがいない。それはいわば、日本人としての宿命のようなものであろう。 だとすれば、その宿命は甘んじて受けなくてはいけない。いたずらに台風を恐れ、それが来ないように願うというのでなく、台風は当然来るものだという覚悟をきめ、それに対する万全の備えをしなくてはならない。と同時に、大事なことは、さらに一歩進んでこれを活用する方法を考えることだと思う。そこに一つの発想の転換が必要なのではないだろうか。
日本には自然災害が多くあることを受けとめ、それを恐れるのでなく、活用方法を考える。「新国土創成」という国家のグランドデザインを構想し、その一つの方策として「台風を生かす」ことを視野に入れる。さらに松下はこう続けます。
今日でも各地の河川にダムや発電所があって、台風による雨の一部はそこに蓄積されるだろう。また森林や樹木というものも、雨を一挙に流失させずに、葉や根で受けとめて、いわば自然のダムのような働きをしているということである。 けれども、全体としてみれば、やはり降った雨の大部分は一気にといってもいいほどわずかの間に、山から谷ヘ、谷から川ヘ、川から海へと流れていってしまっているのではないだろうか。そして、それが余りに急なために、途中で河川を氾濫させるなどして、人間生活に大きな被害を与えることにもなるのだと思う。
だから、その被害を防ぐためにも、また進んでこれを活用するためにも、台風の雨を一気に流してしまうのでなく、できるだけゆっくり適量ずつ流れるような方途を講じてはどうだろうか。そういうことを、この国土創成の中で十分勘案し、計画の中にもり込むわけである。 つまり、天然に存在しているものに加えて、さらに人工的に谷であるとか河川、湖や池といったものを適切な場所に新たにつくるわけである。そして、台風の雨を、一滴も余さずというほどまでに、最大限そこに蓄積できるようにし、それらを徐々に流すことによって、飲料水、農業、工業用水、さらには水力発電に活用していくのである。
松下のこの発想を、これからの日本はどう生かすことができるでしょうか。折しも国土交通省は、現在、2014年春までに新たな「国土のグランドデザイン」を策定、2050年ごろまでの長期的視野をもって、持続的成長を実現する国土・地域づくりの理念・哲学を提示し、具体的な戦略づくりを進めていくとしています。巨大災害、インフラの老朽化などをどうするか、という喫緊の課題も当然検討されるようですが、こうした施策に多くの予算を捻出していくにも、財政難にあえぐ現在の日本経済の復活が大前提になるはずです。つまりは、松下が望んだ新国土創成の実現という観点からも、アベノミクスの失敗は許されない状況にあるといえます。
PHP研究所経営理念研究本部
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