桜が咲き、舞い散る季節は、昔から「春眠暁を覚えず」というように、身も心も緩みがちな時期でもあります。心を引き締め、日々の生活習慣にも一層気をつけ、仕事・学業に臨みたいところですが、松下幸之助はどのように日常を過ごしていたのでしょうか。

(2014.4.25更新)

 

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 日常の健康維持に重要な生活習慣といえば、まず挙げられるのが睡眠と飲食でしょう。 松下幸之助はというと、じつは慢性的な不眠症でした。自著でも幾度か告白していますし、公の場で語ったこともあります。事業を始めた20代前半から、すでに1日3時間半ぐらいしか眠れなくなり、眠ろうとしても、商売上の問題などいろいろなことが頭の中に浮かんできて眠れない。寝ついたと思っても、3時間半もすると目が覚めてしまう。戦後はその症状が進んで、睡眠薬を飲まないと眠れない状態だったといいます。

 

 なぜそういうことになったのか。それは、一つには敗戦後の困難な状況に直面し、その困難な状況をどのようにすれば切りぬけていくことができるのかということで、四六時中頭を使い、心も張りつめていたということもあると思う。もともとあまりよく眠れないたちだったから、さらに眠れなくなってしまった。どうしても眠れない。ふとんに入っても、朝までそのままである。いくら目をつぶってじっとしていても、眠るところまでいかない。仕方がないから、薬の力を借りて眠るようにした。薬を飲むと少し眠れる。飲まないと眠れない。それが習慣になってしまった。今でも毎晩12時すぎると睡眠薬を飲む。そしてふつうは3時間ないし3時間半、長いときには4時間ぐらい眠る。それでもう目がさめてしまう。こういう状況である。

(『決断の経営』より)

 

 このような状況に一時は悩んで、一度、正月の休みを利用して「薬なし」をやってみたといいます(結果は「72時間寝られなかった」そうですが)。かかりつけの医師が薬の副作用を考慮して、なるべく睡眠薬を出さないよう試みてもうまくいかず、結局、量を極力増やさずに、薬の種類をいろいろ変えるといった処置対応をしていました。

 

 これだけ長い間、そういう眠れない状態が続いているのだから、やはりぐっすり眠れるようにはなれない体質だろう。いってみれば生まれつきである。どうにもしようがない。しようがないから、やはりこれは、素直に承認するしかない。私はそう考えている。(中略)

 

 いわばそう運命づけられている。そうであれば、その運命に従うしかない。従うのがいやだと考えたのでは、これはむしろ自分にとって不幸である。自分自身に問題がおこる。したがって、こういう点に関しては、あまり気に病まずに対処していくことが大事だと思うのである。

(同上)

 

 不眠症を素直に運命と承認し、その運命に従い、前向きに生かすよう努力する。この積極的な諦観こそ、松下の人生を支える基本原理だったといえるでしょう。生来身体が丈夫でなかった松下ですが、こうした考え方・行き方を身につけ、他の持病ともうまくつきあい、いつのまにか「病を味わう」ことができるようになっていたのです。

 

 では、飲食面の生活習慣はどうだったのでしょうか。「健康法は?」と聞かれて、「一汁三菜」と答えたこともあり、普段から小食だったようです。むめの夫人(故人)が用意した食事は、量が多いと思っていたらしく、いつも「やりあい」をしていたといいます。

 

 うちの家内はまた大食いですのや。(笑)同じ一汁三菜でも、大きいんです、ひと切れが。(笑)みな、魚でも。いつも喧嘩するんですよ。食べきれるようにしてくれと。「そんなら余しなさい」とこう言いますねんな。けど、余すとなんやしらん、こうもったいないでしょう。食べきったほうが心持ちいいから小さくしてくれ、あんたのほうは三倍にしなさい、私の方は小さくと。(笑)それでいつもやりあいやるんです。(笑)結局、長生きの秘訣は私は知りませんが、ちょいちょい聞いてみると、ものを食わない、というとおかしいけども小食がいいらしいですね。

(『松下幸之助発言集4』より)

 

 微笑ましい食卓が想起されます。晩年は、一日に必要な摂取カロリー量の目安を下回る日も多かったといいますから、元来、食が細いほうだったのかもしれません。お酒は嫌いではなかったのですが、会食のときは別として、いつも少量で、多くてもビール小瓶一本ほどでした。喫煙習慣もありませんでしたから、飲食習慣に関しては優等生だったといえるでしょう。

 

 多忙を極める日常の中で、不眠症や持病に悩んでも悩まず、「健康はまことに結構、不健康また結構なり」の心持ちで、養生しながら仕事を続け、94歳の長寿を全うした松下。齢を重ねるにつれて、声が出なくなり、身体の衰えを感じざるをえなかった老年時代も、「青春とは心の若さである」という言葉を終生大事にし、常に若々しく、希望にあふれた日々を過ごそうと心がけました。その絶えざる情熱を支えていたのは、まだまだ「やらなければならない」ことがたくさんあるという強い思いだったにちがいありません。

PHP研究所経営理念研究本部

 

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