昔の商売人は「お客様の家の方には足を向けて寝ない」というほどの感謝の気持ちでお客に接したといわれる。そういうものがおのずとお客にもつたわり、そこにその店に対する“ひいき”の気持ちが生まれる。どこで買っても品物は一緒だけれど、何となくあそこで買わないと気がすまない、というようなことになって、両者の心がかよいあい、ひいては社会全体がうるおいあるものになってくる。
そういったものが世の中が便利になり、あるいは会社の機構が大きくなっていくにつれ、いつとはなしにうすれてくるという面があるのではないだろうか。そして物を売りさえすれば、それで事足れりといったことになる。しかしそういうことでは、だんだん人間と人間の心のつながりがなくなり、国民全体の情緒もうすれていってしまうだろう。
『経済談義』(1976)