ぼくが徳ということでまず思い浮かべるのは、終戦直後の昭和天皇陛下とマッカーサー元帥との会見ですね。マッカーサー元帥は最初、往々にして敗戦国のリーダーがそうであるように、日本の天皇も少しでも自分の立場がよくなるようにと頼みにくるのだろうと考えていたようです。ところが、会見に臨まれた陛下は、マッカーサー元帥に対して、臆するところもなければ、責任を逃れようとすることもなく、「この戦争の責任はすべて私にある。だから、私の一身はどうなろうとかまわない。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」と毅然として言われました。これを聞いたマッカーサー元帥は非常に感動し、「この勇気に骨の髄まで揺り動かされた」とその回想録に書いています。このことはよく知られていることですね。そして、陛下がお訪ねになられたときにはお出迎えもしなかったマッカーサー元帥も、お帰りのときには玄関までていねいにお見送りをしたということです。
戦争に負けた方のトップが、勝って乗り込んできたリーダーを感激させた。そして、このことによって日本は救われた面があります。これは陛下のご人徳のなせるわざだと思いますね。マッカーサー元帥に限らず、陛下に会った人はことごとくそのお人柄に惹かれたということを考えますと、徳というものの持つ力の大きさを痛感せざるを得ません。
『人生談義』(1990)