「松下幸之助経営塾」は、幸之助の理念に学ぶ10カ月間の経営セミナーとして、開講以来のべ300名以上の卒塾生を送り出している研修プログラムです。この塾は「どこをめざし、何を学ぶのか」――担当講師より、お話しさせていただきます。今回のテーマは「経営の原則」です。
経営は本来、成功するようにできている
こんにちは。松下幸之助経営塾に関心をもっていただき、まことにありがとうございます。第2回に続き、第3回の講師を担当する川上です。
第3回のテーマは、「原理原則を貫く~基本の徹底~」。松下幸之助の有名な言葉に、「雨が降れば傘をさす」というのがあります。“当たり前”のことを表現しているに過ぎないのですが、松下幸之助はその“当たり前”の大切さを、この言葉をとおして訴えたのでした。当経営塾の第3回では、松下幸之助にとっての“当たり前”を、経営や商売の「原理原則」として学び、そのうえで塾生の皆様と、具体的な応用実践法を考えていきます。
松下幸之助によれば、経営や商売は本来、成功するようにできています。しかし現実はむしろ逆で、失敗するケースが多くみられるのではないでしょうか。その原因は、なぜか経営や商売になると、「雨が降れば傘をさす」ことをしない人が多いからだと、松下幸之助はいいます。変わったことをやって世間の目をひこうとしているつもりでも、そもそも傘をさしていないのだから、ずぶ濡れになってしまう。奇策に走るよりも、まずは「当然すべきことをせよ」というのが、松下幸之助のメッセージです。
「当然のことを当然にやっていくというのが私の経営についての行き方、考え方である。(中略)
いい製品をつくって、それを適正な利益を取って販売し、集金を厳格にやる。そういうことをそのとおりやればいいわけである。
ところが実際の経営となると、そのとおりやらない場合も出てくる。いい製品をつくらないというのは論外としても、宣伝のためとかいろいろ理屈をつけて、100円のものを90円で売るようなことをする。自分も損をし、他人にも迷惑をかける。
あるいは、適正な値段で売っても、集金を怠る。それで、物は売れても代金が入らず、黒字倒産するというような結果を生んでいる。そういう例が世間には実際少なくない」(『実践経営哲学』より)
ディスカッションから気づきを得る
商品の価格は通常、原価や仕入れ値よりも高くつけます。販売して利益が出なければ商売にならないからです。「そんな分かりきったこと、言われるまでもない」と指摘する向きもあるでしょう。けれども、「分かっているのならば、なぜそのとおりに実践しないのか」というのが、松下幸之助の訴えたいことです。
とはいえ、現実には、「在庫処分のために、多少は損をしても売り切る」という意見もみられます。たしかに、在庫のコストが安売りの損失を上回れば、合理的な経営判断とみなすことはできます。実際のビジネスはさらに複雑なので、何が“当たり前”なのかは、業種や職種、ひいては企業によって異なる面もあるでしょう。そこで、塾生同士のディスカッションが重要になってきます。
当経営塾では、討論の時間を非常に大切にしています。バックグラウンドの異なる人たちと話すことによって、“当たり前”と思っていたことがそうでなかったり、またその逆であったりと、さまざまな気づきを得ることができるからです。すると、幸之助の真意も見えてくる。こうした経験は、実際に当経営塾に参加してみなければ得られないことです。
ある塾生の方など、ベテラン経営者であるにもかかわらず、当経営塾での議論をとおして、基本を愚直に実践することの大切さをあらためて痛感し、自社の経営理念の一部に「雨が降ったら傘をさす」という言葉を採用したと聞きます。このように、ディスカッションを繰り返すことで、今まで一定の考え方にとらわれていた自分自身に気づくこともあるのです。
「基礎編」で原理を学び、「実践編」で応用に生かす
さてこの第3回では、松下幸之助にとって経営や商売をするうえでの基本、つまり「原理原則」の中身について、できるだけ丁寧に解説します。
この「原理原則」それ自体は、松下幸之助の経営論や商売論として広く知られています。たとえば、「自主責任経営」や「衆知を集めた全員経営」など、とくに幸之助ファンにとっては定番の用語として、普及しているのではないでしょうか。ただし、そんな幸之助用語に言及したビジネス書などを見ると、それぞれ個別に扱われているケースが多いことに注意すべきです。個別のかたちでも、経営者の心得や教訓として活用されているため、大きな問題でもないのですが、それぞれの「原理原則」に込められた松下幸之助の真意が正しく理解されていない懸念はあります。
当経営塾では、そんな「原理原則」を個別に扱うのではなく、松下幸之助の考え方の根本や全体から体系的に学習します。第2回で、一見ビジネスとは関係のなさそうな人間観や宇宙観、自然の理法などを学ぶのは、塾生の皆様に、松下幸之助の思想の根本を早い段階で理解していただき、第3回で扱う「原理原則」の理解につなげることを意図しているからです。松下幸之助の考え方にもとづく経営や商売の実践の姿に近づくには、個別に「原理原則」を採用するよりも、互いの「原理原則」が補完し合って全体のパフォーマンス向上につながるのだということをまず、把握することが肝要なのです。
さらに第3回のプログラムでは、こうした「原理原則」の基礎を取り上げることにとどまらず、「実践編」も用意しています。先述したように、“当たり前”の「原理原則」も、個別具体的状況によっては、その活用の仕方も変わってくることがあります。松下幸之助が「原理原則」を、実際の経営や商売の場ではどのように徹底したのか、具体的に紹介するとともに、塾生の皆様の事業にいかに生かすことができるのか、共に考えながら、応用力を身に着けていくことを主眼としています。