「松下幸之助経営塾」は、幸之助の理念に学ぶ10カ月間の経営セミナーとして、開講以来のべ300名以上の卒塾生を送り出している研修プログラムです。この塾は「どこをめざし、何を学ぶのか」――担当講師より、お話しさせていただきます。今回のテーマは「人材開発」です。

経営セミナー 松下幸之助経営塾

共通の大きな課題

こんにちは。「松下幸之助経営塾」全6回のプログラムのうち、第4回の講義を担当する講師の川上恒雄です。当経営塾に関心を持っていただき、まことにありがとうございます。

当経営塾第4回のテーマは、「人を育てる~事業は人なり~」。我われは数多くの塾生の方々と接してきた経験から、人材の育成や開発が共通の大きな課題であることがわかっています。いい人材が「採れない」「育たない」「辞めていく」――といった不満を、これまでどれほど聞いてきたでしょうか。しかしそうした不満を口に出す前に、経営者自身がどれだけ社員に向き合ってきたのか、振り返ってみる必要もあるでしょう。

松下幸之助も当初は、優秀な社員をなかなか採用できませんでした。社員の多くは松下幸之助同様、けっして学歴が高いとはいえず、なかには出勤してくれるかどうかも分からない者も少なからずいて、松下幸之助を困らせたようです。それでも社員に大きな愛情を注ぎ、「事業は人なり」の精神のもと、根気強く彼らを育て、他の一流企業にヒケをとらない人材を擁する企業を築き上げたのでした。「人を使うは苦を使う」と言いながらも、松下幸之助が人材育成をもっぱら他人任せにせず、一人の人間として社員と向き合い、苦労しながら彼らを育てていた証拠です。

社員の話を聞いていますか?――傾聴のレッスンも

とはいえ、一人の人間として社員と向き合うのは、苦手な経営者もおられるでしょう。社員の中には、自分とは相いれない価値観を持つ人がいるものです。そうした社員とは、できるだけかかわることを避けようとしていないでしょうか。しかし社員からすれば、経営者の自分を避ける態度に、ますます不信感を募らせているのかもしれません。経営者は社員の態度や姿勢が悪いと一方的に思いがちですが、実は経営者の社員に対する接し方に問題がある場合が多いのです。

この第4回では、経営者自身のコミュニケーションのあり方を反省し、ブラッシュアップしてもらうべく、コーチングの基礎をとおして傾聴スキルを実践的に磨くことにも力を入れています。社員の専門的なスキルを高める前に、まずは社員の存在意義を認め、やる気を高めるという基本的なところから人材育成は始まるからです。

konosukematsushita20180426.jpg

松下幸之助は部下の話にじっと耳を傾けることのできる経営者でした。一般的に優れた経営者といえば、人前でのスピーチが上手だったり、社員に対して説得力のある発言ができたりするような人物像を思い描きがちですが、他人の話を聞く力もまた、劣らず重要です。聞くことで、信頼や承認のベースができあがっていくからです。

社員の話を聞く耳を持たずして日々の訓話に力を入れても、社員の心にはほとんど響かないでしょう。松下幸之助が社員に対して、パワハラではないかと思えるほどの厳しい叱り方をしても、社員がそれを真剣に受けとめていたのは、互いの信頼関係が強固に存在していたことが根底にあります。

社員の話を聞くことは、信頼関係を構築するだけでなく、その社員のよい面を引き出すことにもつながります。昨今の人材育成で大切なことは、昔ながらのゼネラリストの養成よりもむしろ、専門的な能力を高めることです。しかし社員それぞれがどんな仕事に向いているのか、社員自身が気づいていない場合も多く、上司をはじめ周囲の人たちがその能力を引き出してあげることも重要です。

そのためには日ごろから社員の話に耳を傾けることが大切であることは言うまでもないでしょう。その際に大切なのは、当人の欠点をあら捜しすることではなく、長所を見いだすことです。幸之助は言います。

「人間というものは、たとえていえば、ダイヤモンドの原石のような性質をもっていると思うのです。すなわち、ダイヤモンドの原石は、もともと美しく輝く本質をもっているのですが、磨かなければ光り輝くことはありません。まず、人間が、その石は磨けば光るという本質に気づき、一生懸命に磨きあげていく。そうしてこそ、はじめて美しいダイヤモンドの輝きを手に入れることができるのです」(『人生心得帖』より)

ダイヤモンドの原石を磨くという行為はまさに人材育成そのものであり、その出発点は、まだ原石でもある社員の話を聞くことから始まるのです。

個の力から組織の力へ

個々の社員を育てる一方で、いかに育成した人材を組織的に活用し、事業に生かすことができるのか、この点が最終的には重要で、経営者の腕が問われるところです。松下幸之助の場合、「独立経営体の主人公である」という意識をもって“社員稼業”に精を出す個人が集まって、一致団結のもと、“衆知を集めた全員経営”が実践される組織の姿を理想としていました。

しかし問題は、その理想に近づくために、具体的にどのようなことをすればよいのか、考えていくことが求められます。そこには一義的な回答はありません。当経営塾では、個々人の育成をいかに組織の力に結び付けていくのか、いくつかのケースをとおして、皆で知恵を絞りながら、思考力を高めることにも力を入れていきます。

人間は一人ひとり個性が異なり、また複雑な感情を有しているため、一言で「人を育てる」といっても、その方法は多様であり、そこに人材育成の難しさが付きまといます。しかし松下幸之助が、「松下電器(現パナソニック)は物をつくる前に人をつくる会社である」と強調していたように、まずは経営者に社員を人として立派に育て上げるという強い意志がなければ、実際に人は育ちません。

「ウチの会社にはいい人材が入ってこない」と愚痴をこぼす前に、我われとともに、今いる人材を効果的に生かしていく方法を考えていきませんか。

経営セミナー 松下幸之助経営塾

keieijyukup2020.gif