「松下幸之助経営塾」では、毎回、すぐれた経営理念によって活躍中のトップリーダーを特別講師にお迎えしています。その経営実践に裏打ちされた講師による特別講義は、当セミナーの魅力のひとつとなっています。そこで今回は、小川守正氏の特別講義のをご紹介し、その魅力に迫ります。

「赤字」のひと言に顔色が変わる

講師の川上です。当経営塾における我われ講師の主な役目は、松下幸之助の経営に関する基本的な考え方について講義をすることです。そして、その基本的な考え方を経営の現場でどのように活用すべきか、それを教えてくれるのが、実践経験豊かな経営者による特別講話です。

 

今回は、2012年、当時パナソニック客員で90歳の故小川守正氏が、当経営塾のために1度だけ登壇されたときの特別講話をご紹介します。当経営塾の歴史の中でも、松下幸之助の経営者としての厳しさが伝わる“伝説の講話”といわれています。具体的には、松下幸之助の経営の原則ともいえる「自主責任経営」の意味を、よく教えてくれる講話です。

 

小川氏はそのなかでこんなエピソードを披露しています。1980年、奈良県の松下住設機器の専務を務めていたころ、松下幸之助が同県の橿原神宮を訪問した帰りに急遽、同社に立ち寄ったことがあります。1977年に当時の松下電器産業から5事業部が分離独立して設立された会社で、奈良県一の社員数4000人を誇り、工場は活気に満ちているように見えました。視察した松下幸之助はすっかり上機嫌の様子。「みんな大変やな」とねぎらいの言葉をかけたあと、「ところで経営成績はどうなんや?」と質問します。その瞬間、場の空気が一転しました。

 

その後の展開について、小川氏の話を見てみましょう。

 

「(松下住設機器の)社長は『赤字です』と答えられずにいたので、代わりに私が『ちょっと赤字です』と答えました。『どの程度の赤字や』と詰問されて、しぶしぶ『90億円』と白状したのです。

 

すると、松下(幸之助)創業者の顔色がさっと変わり、すぐに松下電器本社の山下俊彦社長(当時)に電話をかけました。ところが不在のため、副社長、専務を順に呼び出しましたが、これまたいずれも不在。ようやく電話口に出た常務取締役経理部長に、『松下住設の赤字をきみは知っとんのか!』と、珍しく強い口調で問われました。経理部長が『知っています』と答えると、『赤字を出しているのはここにいる松下住設の重役たちの責任や。しかし本社は本社の責任をとれ!』と命じられました。

 

松下創業者を囲むように着席していた重役たちには、電話の向こうにいる経理部長の声がよく聞こえました。『どうすればよろしいのでしょうか』と松下創業者に尋ねています。すると松下創業者は、『本社がカネを貸すからこんなことになるんや。明日すぐに引きあげよ』と指示されたのです」

 

会社としての存在意義が問われる

赤字は罪悪である――。よく知られる松下幸之助の言葉です。私の講義でも触れています。受講されている塾生の皆さまも、赤字がよくないことぐらいは理解しています。

 

ただ、その意味するところの重大性は、講義でいくら訴えても、なかなか塾生の方々には伝わらないもの。けれども、この特別講話をとおして、赤字はまさに「罪」であり、「悪」であるのだということが、心の奥底まで伝わってきます。

松下幸之助

松下幸之助は著書『実践経営哲学』のなかで、赤字について次のように書いています。

 

「企業は、どのような社会情勢の中にあっても、その本来の使命の遂行に誠実に努力していくと同時に、その活動の中から適正な利益をあげ、それを税金として国家、社会に還元していくことに努めなければならないのである。それは企業にとっての大きな責務だといえよう。

 

一般に世間では、赤字を出したというような場合、同情される傾向がある。これも人情としては分からないでもないが、しかしこのような見方からすれば、それはおかしいということになる。適正な利益をあげ、それを国家、社会に還元することが、企業にとっての社会的な義務である以上、赤字を出すことは、その義務を果たし得ていない姿であり、本来それは許されないことではなかろうか」

 

利益をあげていないことは、個別企業の問題にとどまらず、社会的責務を果たしていないという点で許されないのだと、松下幸之助は訴えています。倒れた松下住設機器の社長が気の毒であり、その後の松下幸之助の対応が冷酷にも思えてしまうものの、赤字を許容してきた社長の罪がいちばん重い。松下住設機器の社会的存在意義が問われることになるからです。

 

本社の資金に甘えた経営

しかし、資金を引きあげてしまったら、松下住設機器の経営が継続困難となる可能性が非常に高まる。そこで松下幸之助は何か救済措置をとったのでしょうか。小川氏の話の続きを見てみましょう。

 

「(本社が資金を引きあげてしまったら)『社員に給料が払えなくなってしまう。協力工場にも支払いができない。どうしたらいいのだ』と、不安が心をよぎりました。小学校を卒業してからずっと松下創業者のもとで仕事をしてきた社長などは、衝撃のあまり脳貧血を起こしてしまい、隣にいた私はすぐに社長を抱えながら会議室の外に出て、部下に医務室に運ぶよう指示しました。

 

会議室に戻り松下創業者にその旨を伝えると、『しょうがないな。わし、帰るわ』と言って、席を立ってしまったのです。玄関まで慌てて見送りに出たところ、『会社は今、危機や。危機に倒れる経営者はいかん。きみ、社長をやりなさい』と私に命じて、帰られました。

 

翌日、松下電器本社にどうしたらよいか相談に伺ったところ、なんとすでに社長交代の指示が出ていて、私への辞令も用意されていました。驚いた私は、すぐに松下創業者に資金の引きあげを中止してくれるよう、頼みにいきましたが、『きみたちのような人が経営する会社には、よう貸さん』と断られました」

 

このように、松下幸之助の考えによれば、松下グループの会社だからといって、加えてそもそも松下電器産業本体から分離独立した会社だからといって、本社から安易に資金を融通してもらっていいことにはなりません。資金面も含めて自主独立の精神で経営をするのが、松下幸之助の強調する「自主責任経営」だからです。したがって小川氏から、「社員や取引先への支払いができなくなるので、本社に資金を引きあげるのをやめてほしい」と頼まれても、松下幸之助は首をタテふらなかったのです。

 

ただ、この松下幸之助の判断に対して、「社員を大切にする」とか「取引先とは共存共栄」などと訴えていた経営者ではなかったのかと疑問に思う向きもあるでしょう。結論から言うと、資金不足により懸念された問題はほとんど起きませんでした。それはなぜか。ご関心のある方は、ぜひ小川氏の特別講話をまとめた記事をダウンロードして読んでいただきたいと思います。

 

松下幸之助経営塾では、こんな修羅場を経験してきた経営者による特別講話を毎回、聞くことができます。講師の私ですら、感動のあまり、涙を流すことがあります。松下幸之助経営塾のご参加、ぜひお待ちしております。特別講話から共に学びましょう。
 

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