数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか。「松下幸之助経営塾」塾生の泉屋酒販における事業・理念継承事例をご紹介します。

 

飲食店の繁盛と人の幸せを実現する酒販店

成長から成熟へ――経済の趨勢が大きく変化したなかで、従来のビジネスモデルが通用しないという状況はどの業界にも見受けられる。
 
酒販小売業界は長く規制に守られてきたが、一九九〇(平成二)年ごろから段階的に緩和策が取られ、十年ほど前から実質的に自由化の時代に突入している。これを背景に、スーパーやコンビニ、大型量販店が次々と参入し、市場を席巻した。経営環境の急激な変化に対応できず、廃業を余儀なくされた一般酒販店は少なくない。
 
一方で、新しい時代に対応すべく経営努力をし、独自の工夫で活路を見出いだした酒販店もある。福岡県久留米市の泉屋酒販も、その一社である。

泉屋酒販は、飲食店や外食産業にお酒を納める業務用酒販店であるが、みずからの事業を「酒文化価値創造業」と位置づけてきた。すなわち、お酒を販売するだけではなく、それを通じて酒の文化的価値を伝え、店の繁盛や人の幸せを創造していこうというのである。

規制緩和で新規参入が相次いだことにより、酒販の世界も価格競争が激化した。低価格を競い合うようになれば、スーパーやディスカウントショップにはかなわない。いかに価格以外の付加価値を高めるかが、酒販小売店の命題なのである。
 
泉屋酒販は「繁盛創り 人創り」を経営理念に掲げている。「繁盛創り」とは、お客様である飲食店の繁栄を実現することである。泉屋酒販は創業の初期段階から、個人消費者向けの小売販売ではなく、業務用に絞って営業展開してきた歴史がある。それを通じて、飲食店が繁盛するためのノウハウを五十年以上にわたって蓄積してきた。また、古くから飲食店街の開発や賃貸飲食店ビルの企画・運営も手がけてきた。一九六〇年代には「新世界」、七〇年代後半には「文化街」という、いずれも久留米随一の歓楽街の基盤をつくってきたのが泉屋酒販である。こうした活動を背景に、サービスやメニューの差別化戦略から資金調達や不動産管理、店舗リニューアルまで、多面的に店舗経営のサポートを行なっている。
 
そして、このようなお客様の繁栄に貢献できる社員を育成することが、「人創り」である。お酒の文化を伝えていくためには、仕事に携たずさわる社員自身がその価値を熟知している必要がある。泉屋酒販では、ソムリエや利酒師、焼酎アドバイザーなどの資格取得を奨励し、多くの社員が何らかの専門資格を持つ「お酒のプロ集団」となっている。個々のお酒の価値を知り、その魅力を情熱的に語れるからこそ、お客様は単なるアルコール飲料ではない「文化としてのお酒」を手にしたと感じるのである。それはお客様の繁盛のみならず、社員自身が成長することになり、生きがい、人生の充実といったものにつながるはずだという願いが込められている。
 
創業者の土師軍太さん(現会長)は言う。
 
「人(社員さん〔※泉屋酒販では社員は『さん』づけで呼ばれる〕、家庭)を大事に、お金と時間を大事に、商品(もの)を大事に、これだけを理屈抜きにやってきました。そして、コツコツと小さなことを積み上げる。人様が考えないことをやる。このことを心がけてきました」
 
これが軍太会長の原点にある「創業の精神」である。今日の泉屋酒販がいかにして生まれ、ここまで成長を遂とげてきたのか。それを知る手がかりは、軍太さんの生い立ちにあった。
 
◆「 酒文化の創造と伝承で人と地域を幸せにする(2) ~理念継承 わが社の場合 」へ続く
 
 
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