「夏はヒンヤリ 冬はぽかぽか」。そんな高性能住宅を展開する会社が福岡県福岡市にある。県内トップクラスの地場ハウスメーカーとして定評のある健康住宅だ。創業から今年で22年。畑中直社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)を筆頭に、今でこそ安定した経営体制を築いているが、10年前までは浮き沈みの激しい会社だった。どのようにして谷底から這い上がってきたのか。その道程の中で、松下幸之助経営塾での学びはどのように活かされたのか。

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家づくりのモットーは、想像以上の「心地よさ」に、予想以上の「心配り」を添えること

<実践! 幸之助哲学>
住宅表彰連続受賞の秘密は"学びの文化"にありーー前編

県内有数のハウスメーカー社長は自称「研修オタク」

健康住宅という、どんな家づくりをしているのか即座にわかるシンプルな社名。この会社が生み出しているのは、「体によくて心地よい注文住宅」だ。最大のポイントは、たった一台のエアコンで住まい全体の気温を快適に保つ「超高性能住宅」であるところ。デザインや間取りだけが優れている〝箱〟ではなく、二十四時間三百六十五日心地よく過ごせる〝空間と時間〟を顧客に提供している。

社員は約一〇〇名。一〇名未満の地場ハウスメーカーが多い中、この規模はかなり大きい。地域の自慢となる功績も残しており、その代表例が、九期連続の「ハウス・オブ・ザ・イヤー・イン・エナジー」(省エネ住宅のトップランナーを選定・表彰する制度。主務官庁は国土交通省)のダブル受賞(大賞と特別優秀企業賞など複数賞の同時受賞)だ。これは、福岡初の快挙である。また、二〇一五年には経済産業省の「おもてなし経営企業選(二〇一四年度)」にも選出された(住宅会社で福岡県初)。

現在、注文住宅を中心に、年間およそ一〇〇棟を手がける。二〇二四年までに、一八年比で売上は二倍の四〇億円、経常利益は二・三倍の二億八〇〇〇万円(経常利益率七パーセント)、社員数は一・六倍の一三〇名まで増やすことを目標に掲げた「新幹線プロジェクト」計画の真っただ中にあり、今後ますます成長する兆しが見える。

「新幹線プロジェクト」とは、新幹線一両の馬力は蒸気機関車一台に大きく劣るが、各車両が動力を持っているため速度が速いことにちなんで名づけたプロジェクトで、社員一人ひとりの能力を向上させて会社の業績を伸ばす仕組みを社内に構築することを意味している。

陣頭指揮を執るのが創業者の畑中直社長だ。大きな負債を抱えてスタートした健康住宅を高利益企業に変え、成長軌道に乗せた経営手腕の持ち主で、自称「研修オタク」でもある。
「自己啓発系の研修には片っ端から参加しました。富士山麓で行なわれる『地獄の特訓』と呼ばれる研修にも参加しましたよ。私がやってみていいと思った研修は社員にも薦めています」

数ある学びの中で、一つだけ別格だと思っていたものがある。松下幸之助の哲学だ。
「松下さんの本は若い頃から何十冊も読んできましたが、読めば読むほど、もっと深く学びたいという意欲が湧きます。学ぶほどに、ほかとは一線を画す教えだと感じていました。でも、本から得られる知識には限界があります。そんな時、耳にしたのが、松下哲学を肌で学べる松下幸之助経営塾でした。これはもう入塾して直接教えに触れるに限ると考え、一年待って二〇一八年に念願の受講を果たしました」

どのような学びがあったのか。それは後ほど経営再建の話の中で詳述する。

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「新幹線プロジェクト」を支えるのは社内に根づいてきた「学びの文化」。毎月開く社内勉強会では、コロナ後はITコミュニケーションツールも積極的に活用する

夕暮れの道で見たお客様の笑顔に「家づくりこそ天職」と確信

畑中さんは一九五九年に裕福な家の三人兄弟の長男として生まれ、のびのび育った。祖父は映画館を経営する事業家。しばらくは何不自由なく暮らしていた。ところが小学二年の時に映画館が火事で全焼。たちまち一家は莫大な借金を抱え、狭い家で家族一〇人での生活を強いられた。父は家計を支えるために転職し、一日も休まず働き始めた。そして、たった数年で借金を返済。その後独立して住宅会社を起こし、経営に骨身を削った。
そんな父の背中を見て育った畑中さんは、大学を卒業後、大手のマンション販売会社に就職。一年間仕事のやり方を学んだあと、父の経営する会社に入社すると、トップセールスマンとしてみるみる業績を上げていった。

ある日のこと。夕暮れ時に道を歩いていると、自分が営業を担当した顧客のNさんが向こうから歩いてきた。声をかけようと近づいた時、その表情を見てハッとした。Nさんの顔には幸せそうな笑みが浮かんでいたのだ。その日は、完成した自宅からNさんが初めて出勤し、初めて帰宅する日だと気づいた。
「その表情からは、早くわが家に帰りたいという想いがあふれていました。家を建てる仕事は、こんなにも人を幸せにするものか、そう気づいた瞬間でした。同時に、この仕事は自分にとっての天職だと確信したのです」

「何がいけなかったのか......」赤字と借金、社風悪化にもがく日々

やがて迎えたバブル期、ピーク時には年商九七億円、経常利益は一〇億円を超えたが、バブル崩壊とともにあっけなく崩れる。資金繰りはうまくいかず、一〇〇名いた従業員は二〇名にまで激減。残った社員の雇用を守るために、畑中さんは新会社を立ち上げ、父の会社から社員を転籍させた。それが現在の健康住宅だ。
どん底の時期に創業した会社だったが、「Nさんのような笑顔を増やす」ことを目標に、当時まだ福岡になかった高性能住宅に着目して事業を展開。健康志向の高まりもあり、三カ月で一〇棟を成約、年間四〇〜五〇棟を受注できるまでになり、まもなく経営も軌道に乗った。

ところが、またしても苦難が襲いかかる。創業から二年経った時、銀行から「健康住宅が債務を引き受ければ、お父さんの会社を救済できる」という話が持ち込まれた。父のプライドを守りたい一心で、売上に匹敵する返済額を引き受けた。これが大きな誤算だった。
「当時は経営者として未熟でした。会社はたちまち赤字に転落し、五年後には債務超過に陥りました」

危機的な状況に立たされながら、畑中さんはそのことを社員にはひと言も言わなかった。いや、言えなかった。売上自体は上がっていたため、もしここで債務超過の話を社員が知ると、モチベーションが大きく下がるのが目に見えていたからだ。

さらに追い打ちをかけたのが、社内の雰囲気の悪さだ。当時の住宅営業の仕事は、顧客を取るか取られるかの弱肉強食。受注数に比例して収入が決まる「歩合制」が常識だった。そのため、同じ会社の営業社員であっても敵同士であり、顧客をめぐる争いから、社内にはいつも怒号が飛び交っていた。
「ろくに朝礼に顔を出さない、社員全員で行なう掃除にも出てこない。そんな営業社員が続出していました。彼らは契約を取ることだけを目指していたため、契約後にお客様からクレームを言われても、他の社員に丸投げ。当然のごとく、他部署からは不満が噴出していました。社員の間に溝が生まれ、社内全体の人間関係に悪影響を及ぼしていたのです」

畑中さんは頭を抱えた。「何がいけなかったのか......」。眠れぬ日々が続いた。

思い切って改革を断行、松下哲学が危機を乗り切る支えに

ある日、ボーナスを支払った直後に、信頼していた部下二人が辞表を提出してきた。社員に信頼感や一体感が失われていることを痛感した畑中さんは思った。「今、大切なのは、経営者の自分が学ぶことだ」。
そうして次々とセミナーや研修を受け始めた。学んだことを素直に実行に移し、会社の変革に奮闘した。なかでも畑中さんが、いの一番に取り組んだこと。それは「理念の構築」だったという。
「当時、当社には経営理念がありませんでした。私自身、経営理念という言葉すら知らなかったのですから、なくて当然ですよね」

慣れないながらつくり出した最初の理念は、
「私たちは、顧客満足が仕事の根幹であるという思想を持ち、家づくりを通して人柄を磨き勉強し、片時も感謝の心を忘れず、全員でgood company、good peopleを目指す」
だった。同時に、社長と社員が一対一で対話する面談を開始し、歩合制の撤廃を考え始めた。
「歩合制だと営業社員が新規顧客にしか興味を持たなくなり、アフターケアの質が下がってしまう現実がありました。同業他社の先輩社長からは、歩合制を撤廃したら優秀な営業社員が辞めるぞと警告されましたが、このままでは近い将来、組織として成り立たなくなるとの強い危機感がありました」

畑中さんは、数年前に歩合制を撤廃していたびわこホーム(滋賀県)に出向き、相談することにした。歩合制をやめたあとも、順調に売上を伸ばしていると聞いていたからだ。
「びわこホームの創業者から、『苦労に苦労を重ねてきたから今がある。畑中さんならやれるよ』と言っていただきました」

勇気をもらった畑中さんは、思い切って撤廃に踏み切った。
「確かに私も大変な苦労をすることになりましたが、この改革によって、社内の雰囲気はぐっとよくなりました。職場の人間関係が改善されたのはもちろん、意外にも、心配していた営業社員に、以前にも増してやりがいが生まれたのです。アフターフォローまで含めてお客様と丁寧に向き合うことで、『ありがとう』と言われる機会が増えたからです。おかげで営業職は一番人気の仕事になりました」

この時点ではまだ本を通してだけだったが、長年学び続けていた松下哲学が、危機に際して支えになった。この時期、畑中さんが強く影響を受けたのは、経営状態がよくない時も決して社員のクビを切らない、という松下幸之助の教えだったという。自分より優れた人材を集め、彼らの能力を活かすという、経営者のあり方も参考にした。「結局、経営は松下哲学に行き着くんだ」、そう実感した。

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社内環境の改善は現場にも。常に美しく整理整頓を徹底


◆「正道を行く」理念で地域にユートピアをつくる(後編)へつづく

経営セミナー 松下幸之助経営塾




◆『衆知』2020.11-12より

衆知20.11-12



DATA

健康住宅株式会社

[代表取締役社長]畑中 直
[本社]〒814-0104
    福岡市城南区別府5丁目25-21
TEL 092-846-3000
FAX 092-841-8500
創業...1998年
事業内容
 高性能住宅・自然素材住宅の設計・施工・管理、及びそれに伴うアフターメンテナンス全般